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受難続きのテラ惑星間貿易商  作者: 椎谷 急須
3章 火星着星
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旅立ち

火星と聞いて何を思浮かべるだろうか?


移住し易そうな星?

詳しい人だと地磁気がなくて放射線が危険な星だろうか。


この世界の火星は、それなりに暮らしやすい惑星になっている。

惑星サイズもほどほど大きく、衛星もそれなりにサイズがあり、重力も存在する。


ただし、公転が長い為、地球での1.9年で火星での1年となっている。



「マールス(火星)か……」

ダイゴが空を見ながら呟く。


我々は、現在、サバエア大陸のレーベにいる。 レーベは、サバエア大陸の都市国家群の中で南部最大の都市国家であり、お隣のキンメリア大陸との結節点として陸地からも海上からも接続が良いことがあげられる。


陸の回廊と呼ばれるメレア地域に近く、さらにはヘラス地中海の良港も

備えている。巨大な湖――プロクター海にも挟まれた、非常に水豊かな土地になる。


そして、ヒルベルト商会の一行は、丁度、空港のターミナルビルから出たところである。

途端に、肌を刺すような冷気が押し寄せてくる。


「おお! 冷えるねー。 マールス(火星)の秋季だなー」

鄭さんが、上着を着ていてもそれでも体をすぼめながら、独り言のように声を出している。


レーベは、軌道エレベータのあるエリスから飛行機で半日以上の距離で、それなりに時間がかかる。


「寒すぎるだろ! 冬だよ、この気温は! くっそー、なんでこんな寒い場所に降ろされるんだよ!」

タツマは体をぶるぶると揺らしながら、吐く息を白くして愚痴をこぼす。


「まー太陽から離れているな」


親父(ダイゴ)は、気温など気にしないかのような雰囲気で、言葉を付け足す。 彼にとっては、寒さなどハナから存在しないかのような涼しい顔で言葉を添えた。


各々の勝手な感想が飛び交うが、マールス(火星)という惑星は訪問者の都合など気にかけない。 凍えるような冷気と、驚くほど澄み切った天色の空で客人を歓迎するだけだ。


そして一頻りの愚痴を吐き出すタツマが、ふと視線が空に向くと、その歓迎を受けることになる。

その突き抜けるような蒼さに一瞬で目を奪われる。 


飛行機の空ではない地上からの澄み渡った空。 宇宙空間の「黒一色」から、地上の「総天然色」へ。


―― やはり地上は心地が良い。


長時間のフライトで狭い機内に閉じ込められていた圧迫感から解放され、深呼吸をする。


そのとき、目の前のロータリーへ大型の高級旅客車両(バス)が滑り込んできた。

車両は俺たちのすぐ目の前で停車し、ドアが開く。


中から出てきたのは、黒スーツの護衛が三人。そして、もう一人。

黒服に守られるように降りてきた女性がこちらに気づき、華やかな笑顔を向けた。


―― 問題人物のご登場だ。


マールス(火星)人は、テラ(地球)人に比べて実年齢より遥かに若く見える。


彼女も地球年齢なら30歳をすでに超えているはずだが、どう見ても20代前半の若々しさだ。 容姿端麗、スタイル抜群。親父の再婚相手としては美人すぎるくらいだった。


大体、いい年してナンパばかりしている親父が、なんでこんな美女と懇意になれるのか理不尽でならない。


彼女がが手をこちらに振りながら寄って来る。

「ダイゴ、久しぶり」

「トリュフィナも元気そうで何よりだ」


はつらつと応じる親父。


―― いい気なものだな。 訳の分からない面倒事に付き合わさておいて。

タツマの心境は余り清々しいものではない。


話声が届く距離までトリフィナが近づいてくる。

「タツマ君ね。お久しぶり。 随分前だから、覚えているかしら?」

彼女はこちらを見て、心底懐かしそうに微笑む。


「お久しぶりです。親父がいつもお世話になってます」

とりあえず大人の対応で返したが、俺の記憶に彼女の存在はない。


その後、トリフィナは、ヒルベルト商会の他の社員たちとも親しげに雑談を交わした。 どうやら顔馴染みのようだ。


一通りの挨拶が終わると、彼女は旅客車両(バス)へと搭乗を促した。


ただし、乗車時に黒服たちから念入りなボディチェックを受ける羽目になったが。


タツマとしては、このまま乗らずに逃げ出したいところだったが、美人少将(ナーミャン)から仕事を引き受けると約束してしまった手前、無断で業務放棄もできない。


こちらのあからさまに嫌そうな空気を感じ取ったのか、トリフィナは申し訳なさそうに目尻を下げる。


「ごめんなさいね、タツマ君。規則なのよ」

「……いえ、大丈夫です」


車内に乗り込むと、流石は議員の公用車というべきか、内装は驚くほど豪華だった。座席のクッション性も抜群だ。移動だけなら快適な旅路になりそうだ。


「早速だけど、ダイゴ。今の状況を説明するわね」


―― どこに行くか聞かされずに、出発ねー雑過ぎない?

トリフィナが真剣な面持ちで口を開いた。


「最近、キンメリア大陸の都市国家から来た民兵が、エリスの領土へ断続的に侵犯してきているの。 それが深刻化していて、連日ニュースでも大きく取り上げられているわ。


このままだとエリス国民のキンメリアに対する感情が悪化する一方よ。 なんとか早期に収拾をつけたくて」


――キンメリア大陸ね。また大雑把な括りだな。「民兵」ってことは、国籍を偽った所属不明の部隊ってことか?


「なるほど。 それで俺たちに何をしろと? 」

親父が、発言の意図を聞く。


「キンメリア大陸のとある都市国家の地域から救援を要請されているの」

「救援ねぇ……」

親父が気のない返事をする。



はやり暗躍案件っぽい。 救助と言う名の工作活動だろと心の中で呟く。


惑星間貿易商は、その特権上移動の自由はある程度保証されているが、特定の国に肩入れするのは今後の商売にケチが付くからしたくないところ。


ここでタツマが発言する。

「工作活動なら自前の機関を利用すればいいでしょう? 」


タツマの発言にトリフィナの視線が彼に向けられる。

「私たちの都市国家エリスは、他国への介入に消極派が多くてね。それに現在の情報庁は執政官の勢力が強いの。 実際、長官からは口頭で『融和政策の作戦にリソースは割けない』と突っぱねられちゃって。だからこうして、信頼できる民間に頼るしかないのよ」


彼女が困り顔で溜め息をつく。

――うーん、困り顔も美人だ。一体どうやったら親父みたいなのがこんな美女とコネを作れるのか、小一時間問いただしたい。


だが、提示されている情報はあまりに少なすぎる。親父とトリュフィナの間で事前に密に連絡を取り合っていたから省いているのか? それにしても大雑把だ。


「工作活動か……で、その救援とやらの具体内容は?」

親父が先を促す。


「簡単に言えば、都市国家政府からの圧政後の打開策を求めてきているの。 詳細はこれから向かうホテルに資料を用意してあるわ」


――この車両。 ホテルに向かっているのか。


「そいつらが、エリス領内に侵入してきてる奴らなのか?」

ダイゴがトリフィナに質問する。当然、問題があるから介入するのだろう。


「たぶん関係ないわね」

「関係ないのかよ!」

思わずツッコミが漏れた。


「今回の目的は、この件を解決してキンメリア大陸内部にエリスの情報ネットワークを広げること。間接的に領土侵犯問題を解決したいの。もちろん武力で解決する方法もあるけれど……政治的に色々問題があってね」


トリフィナさんにも何か考えがあるようで、それゆえ回りくどい手法での対応のようだ。


「で? 俺たちはどう動けばいい」

「現地にいる私の仲間がいるわ。詳細はその人から聞いた方が早いわね」


「圧政後の打開策ねぇ……それって他国への内政干渉の手伝いじゃないですか?」

タツマが念押しで指摘する。


「内政干渉ではないわ。圧政によって荒廃した社会の“立て直し”」


―― まあ、政府が手を出せない問題に民間が介入するって時点で大概怪しいが……親父が納得しているなら悩んでも仕方ないか。


その後も二人は打ち合わせを続けていたが、事前の知識がない為よくわからない。 しばらく走ると、豪華な旅客車両が重厚な建物の前で滑らかに停車した。


――随分と高級そうなホテルだ。議員サマは金を持っているねぇ。


彼女が車両から降りて、ホテルにロビーに向かう。 報道の人も多少いるようで、駆け出しの議員であっても、の美貌も手伝って注目度は高いらしい。


シートでくつろいでいた親父たちも降りる準備を始める。

「タツマ。お前は裏口から入れ。目立つ役は俺たちが引き受ける」


親父からの指示だ。


「了解だ」


あまり目立つのも好きではないが、報道陣も、後から降りてくるパッとしない服の連中にそれほど注目されることもないだろうと思うが、ふと疑問が過る。


―― でも待てよ? なんでわざわざ自分だけ別行動なんだ?


そんな違和感を抱いた瞬間――乾いた高音が周囲の空気を引き裂いた。

聞き慣れた音。銃声だ。


そんなことを考えてリラックスしていた、次の瞬間、乾いた音が周囲に響き渡る。

日常的に聞いている音。 いや拳銃の音だ。

「銃声! 」


「つっ……銃声!?」

咄嗟に車内で身を屈める。


数秒後、慎重に窓の外を覗くと――親父が襲撃者らしき男を取り押さえているところだった。

ただ、黒服の護衛が負傷しているようだ。


周りは大パニックで、報道陣も蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。トリュフィナさんは無事のようだ。


……ん? 親父の撃たれた腕から、血が出ていない?

傷口から見えているのは、金属フレームと複雑な配線コード――


「親父の左腕……義手だったのか!?」

タツマも知らない衝撃の事実が、最悪のタイミングで発覚した。


だが驚いている暇はない。親父が撃たれた以上、放っておくわけにはいかない。


急いで車から飛び出そうとしたその時、足元の床がカチャリと開き、下からガスマスクの様な物を付けた黒服の男が這いあがってきた。


トリュフィナ議員の護衛ではない。男達は、タツマの前に立ち、行く手を遮った。



タツマに武器はない。素手で交戦しても勝ち目がないのは明白だ。相手は複数いる。

「タツマ様。こちらへそれとこれを」


問答無用の低い声。と差し出さる同じマスク。


「様」を付けて呼ぶあたり、敵意はなさそうだ。

丸腰のため大人しく従うのが吉と判断し、タツマは指示通り車下の穴へと足を滑り込ませた。


旅客車両の床下はマンホールに直結しており、そのまま地下下水道へと導かれる。 黒服がライトで足元を照らし、無言で案内する。


マスク越しでも排水の臭いがきつい。ここで話しながらの移動はする気が起きない。


暗闇を進むと分厚い鉄扉が現れた。 黒服が扉を叩き、暗号めいた合言葉を告げる。 一刻も早くこの臭いから逃れたい一心で、開いたドアの中に滑り込んだ。


室内には下水の臭気はなく、ようやくまともに呼吸ができる。 

「っはぁー……きつ。で? 説明はしてもらえるんですよね?」


マスクを脱ぎ、タツマが案内役の黒服を睨む。


「我々から言えることは少ないです。貴方をここまで連れてくることだけが指示でしたので」

――なるほど。端役に聞いても無駄か。


「ただ、地上での銃撃事件は想定外でした」

「……つまり、さっきのは、自作自演じゃない?」


「勿論です。……それでは、ここでお待ちください」

黒服たちはそれだけ言い残すと、部屋を出て行った。


―― 一体なんだっていうんだ。こんなまどろっこしいことをして! 


地下のため、セレン(シップマスター)との通信は圏外というか、そもそもボディチェックで装備も通信機器も没収されている。


――まあ、命の危険がないだけマシと思うべきか。

室内を見渡すと、壁に監視カメラと大きめの映像モニターが設置されている。


――なるほど、相手さんは、画面越しに話したのかね……しかし、車底からの逃走ルートがあらかじめ用意されていたということは地上での銃撃の有無にかかわらず、こちらを地下へ拉致する予定だったということか?


わざわざ私と親父を離したかった? いや……親父じゃない。 あのトリュフィナ議員と、私が一緒にいるところを誰かに見られたくなかったのか?


一体なぜ?


疑問が深まるが検討が付かない。

熟考していると、モニターがジジッと音を立てて点灯し、聞き覚えのある声が響いた。


*** 通信開始 ***


≪久しぶりだな、タツマ≫

……どこかで聞い……いや、知ってる声だ。


「おお! ナーミャン! 奇遇だね!」

≪ナーミャンではない。クシャナ少将だろ。まったく……。だが、約束を守ってここまで来てくれたようで何よりだ≫


≪美人の頼みですからね≫

画面越しにも照れているのがすぐわかる。 かわいい。


≪貴様というやつは……まぁいい。早速だが、彼女から行動内容は聞いているか? ≫

―― あの漠然とした計画のことだろうか?


≪ええ、聞いていますけど、なんかどっかの都市国家の内の仲間と接触して問題を解決してこいと言われただけですよ。 具体的に何をすれば? ≫


≪簡単にいえば、地域振興だな ≫

≪地域振興? ≫


≪詳細は、現地の人員から聞いてほしい≫

まったく、誰一人として詳細を話す気がない。まさかノープランで放り込む気か? いや、親父たちは知っているみたいだし、俺は適当に合わせておけばいいか。


まったく、誰も詳細は話す気がないようだな。 まさか黙って放り込む気でいるのか? いや親父達が、詳細は知っているようだから適当でいいか。


「それで、親父たちは?」

≪ダイゴ殿は腕を撃たれたが問題ない。他の者も全員無事だ。怪我もない≫

それを聞いて少し安堵する。


「とりあえず、親父たちと合流して、その謎の都市国家へ向かえばいいんですね」

≪いや――お前一人だ≫


一瞬、思考がフリーズした。直後、猛烈に反論する。


「いやいやいや! 冗談でしょ!? いくら何でも一人じゃ無理ですって! 道も知らないし、ミッションの内容だって何も聞いていなんですよ!」


≪案ずるな。 ヒルベルト商会から助っ人を手配してある。 その人物の指示に従えば大丈夫だ≫


なにか意図的に言葉を濁されている気がする。


「いや、本当にそんな適当で大丈夫なんですか……?」

流石に食い下がる。だが「ヒルベルト商会からの助っ人」となると、顔ぶれは限られている。


親父がダメなら、副社長(バルティス)、鄭さん、アリエフさんの誰かだ。

なぜ名前を伏せる必要がある?


ガチャリ、と部屋のドアロックが解除される音が響いた。

≪もう少し話したいが、ドアを出た先で助っ人が待っている。……こんなゴタゴタに巻き込んですまないと思っている≫


俺の疑問は綺麗にスルーされた。だが、商会の人間が同行するなら大した問題ではないだろう――その時はそう高を括っていた。


「本当に申し訳ないと思っているなら、成功したらたっぷり報酬をくださいね。それと今度は、もうちょっと色気のある場所で少将の昔話でも聞かせてください」

ニヤニヤしながら、少し煽ってみる。


≪くっ……そうやって年上をからかうのは感心せんな。……さあ、行け!≫


*** 通信終了 ***


画面が暗転する。 画面に自分の顔が移る。とりあえず、部屋を出たものの、内心は「気が重い」の一言だ。


目的すら曖昧な怪しい案件。何から手をつければいいのやら。それに、あの助っ人というのも引っかかる。

通路を進むと、突き当たりに別のドアがあった。隙間から眩しい光が漏れている。

外か……。


慎重にドアノブを回す。鍵はかかっていない。


警戒しながらドアを押し開けると、眩痛いほどの蒼空が視界いっぱいに飛び込んできた。

そして、目の前に停まっていたのは――


大型のカーゴ車。


それと、見慣れない型のトークン(自律ロボット)。


そして――

「……マッド・キャミャエル」

思わず口から漏れていた。


――なんでこんなところに奴が!?


困惑する俺の反応を待たず、相手の返答は素早かった。


「あー! やっと出てきた! 待ちくたびれたわよー! それと、変なあだ名で呼ぶのは! やめてくださーい!」


彼女はそう言ってこちらに近づいて来る。


「……どういうこと? これ」

「あれ? ダイゴさんから聞いてなかった? 私、ヒルベルト商会に再就職したのよ」


「は……? 就職!?」


理解が追いつかない。

就職? 彼女はAI分野の権威(変人)の科学者じゃなかったか?


マッド・キャミャエルは、俺の混乱を綺麗に無視して説明を続ける。


「このトークンは、私の開発した最高傑作AIを搭載した特別製。ウェヌス(金星)製造の最新モデルトークンで、信頼性は折り紙付きよ。 名前は“アルプ”。


私達の旅のお供ね。 私のAIなんだから性能は間違いなし!  そして、この愛車がカーゴ車の“スマイル号”よ!」


紹介された黒い重厚なトークンが、一歩前へ出てスムーズにお辞儀をした。



『よろしくお願いします、タツマ』

「……よろしくお願いします……」


声は低く落ち着いた男性ボイス。やけに礼儀正しい。

――いや、感心してる場合じゃない。


「なんでアンタがここにいるんだよ!?」

「うーん……マールス(火星)を救うヒーローになるため、かな!」


こうして、2人と1体の奇妙なマールス縦断道中が、唐突に幕を開けたのだった。



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