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受難続きのテラ惑星間貿易商  作者: 椎谷 急須
2章 火星航路
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マールス(火星) スペース・ステーション

トラブル続きの航海を経て、ハッピーカムカム号はようやく蒼き惑星マールス(火星)——マのスペース・ステーション宙域へと到達しつつあった。


「……イベント盛りだくさんすぎる航路だったな」


往復で海賊に襲われたことを考えれば、フォボスで軍に介入された方がまだマシだったのかもしれない。いや、どっちもゴメンだが。


タツマは今ブリッジで、モニターで屋外を眺めながらくつろいでいる。 ようやく軟禁から解放され、羽を伸ばしている感じだ。


「セレン(シップマスター)。 船の取引先は見つかった? 」


『はい。本艦のスペックと維持状態を開示したところ、極めて好条件の提示が複数寄せられております』


「で、いくらになりそう?」


『船体のみで100億(約1000億円)マリベルです。 その他、艦載備品や各種ドローン類についてはこれより個別に精算となります』


「中古だし。 そんなところか。 ところで、書類はできているの? 」

タツマは隣に立つ副社長のバルティスに振った。


「それは社長の仕事だろう? 到着までまだ時間はある。フォボスのスイートルームで優雅にバカンスを楽しんだんだ。 少しは汗を流してもらわんとな」


「えっ……。 スイートルームって言ったけど。軟禁されていたんだけど? 」

「らしいな」


「通信も盗聴されているんですよ。 できるわけ、ないじゃないですか! 業務を代わりにやってくれてもいいじゃないの? 」


「書類作成は、ヒルベルト商会では社長案件だ。 我々、下々のスタッフが関わってはいけない仕事なんだ」


「……」

―― ひどくない!




--- 社長室内

愚痴をこぼしても書類は減らない。 ブリッジ脇にある無駄に広い社長室にこもり、デスクワークを開始する。


メイド・トークンが、パック飲料とリフレッシュメントを持って来る。

――今日は、マドレーヌね。いいじゃない。


「セレン(シップマスター)。 調べてほしいことがある。 エリス軍のクシャナ・ナーミャン少将について教えてほしい」


『了解です。……エリス中央軍所属・少将になります。

サバエア防衛大学を首席で卒業。


サバエア・キンメリア戦争にて、サバエア連合軍のトロイ上陸作戦を前線指揮官として成功・勝利に導いています。


同紛争において対峙する ティレナ地域のテッサリア司令部の破壊。


またタニア連合王国によるサバエア大陸侵攻作戦におけるガレ上陸作戦の防衛に成功しています』


「……輝かしい経歴だな」


『兵士からの信頼は高く、エリスの英雄 とも呼ばれています。 エリス国民からも支持が厚く、次回選挙での政界出馬を望む声も強いようです』


「英雄と来たか――」


『タツマ。情報に何か懸念でも?』

「いや、別に。……他にプライベートな情報とかはないの?」


『直近のゴシップとして、エリスの有力議員スキュレス・トリュフィナ護民官との密会が報じられています。同性愛者ではないかという噂も散見されますね』


「えー、ホント? ナーミャンへのアタックチャンスがないじゃん。 割とへこむんだけど」


『ゴシップ誌の飛ばし記事ですが』

「……もうちょっと真面目な分析はないの?」


『スキュレス護民官は、都市国家連携の構築を画策している推進派議員です。 キンメリア、サバエア、テンペの各大陸を含めた、広域食料融通協定の締結を狙っています。 平たく言えば、都市国家間での食料互助ネットワークの構築ですね』


「食料融通……。で、それが成立すると面白くない勢力は?」


『ティーファ大陸のタニア連合王国になります。 マールス(火星)唯一の大陸国家であり、肥沃な大平原を独占しているため、これまで食料の輸出権を背景に周辺国へ強大な影響力を誇示してきました。 その経済力を盾に他国へ強引な自由航行権を認めさせるなど、かなり強引な覇権主義が目立ちます』


「なるほどね。食料の蛇口を握って他国を支配してきたわけだ。どこに行っても人間のやることは変わらないな」


端末には、ナーミャンから送信された写真と名前映る。 そしてセレン(シップマスター)がモニターに映すゴシップ記事を見つめる。


逢引きの相手、軍属と政治家、そして「食料の相互融通条約」。


武力や通商ではなく「食料」という生活基盤で繋がるゆるやかな連帯。強固すぎないがゆえに反発も少ないが、既存の覇権国家(タニア)からすれば、喉元にナイフを突きつけられるに等しい構想だ。


―― ラブレターのメッセンジャーなら気持ちはへこむが、気楽なのだがなんだけど。 


国家規模の巨大な政治力学の渦。その中に自分が足を踏み入れつつある予感がして、胸の奥が重くなる。


書類を処理しながら、窓の外に広がるマールス(火星)の球体を眺める。

テラ(地球)と同じように青い海と緑の大地が広がっているが、極冠の白い氷原がかなり広い。 


太陽からの距離ゆえの極寒の地が多いのがこの星の特徴になる。


時が多少進む。 

モニター上に映るスペース・ステーションが徐々に大きくなっていく。


書類仕事に邁進していると突如タツマにセレン(シップマスター)から通信が入る。


『タツマ。 会長から連絡です。ブリッジで話がしたいとのことです』

「まだ、書類の作成中なのに――了解」


―― 信任早々給料の値上げの要望か? 

そんな思いを抱きながら作業の手を止めてブリッジに向かう。


ブリッジには、ダイゴをはじめ、クルーの全員が重々しい面持ちで勢揃いしていた。

「どうしたの? 急に。 それに全員揃って」


「タツマ。 お願いがある」

ダイゴが口を開く。


「金ならないよ」


タツマの反応を無視し、ダイゴは真っ直ぐに息子を見つめ話を続ける。

「この船に人工衛星があるだろ? 」


確かにハッピーカムカム号には、妙なデザインの衛星が積見込まれていた。

「……何に使うつもり」


「1基射出したい」

「理由は? 納得できる説明が必要だ」


「おそらく、俺はマールス(火星)に降りたら、当分地上から動けなくなる」


「親父は新婚生活だからね。 ……で、あの衛星だけどさ。 一応、スルーしていたけど、形状が露骨すぎるんだよ。 あれ、ただの通信衛星じゃないだろ?  地上攻撃用の重力兵器……テラ(地球)でいう鉄の杖の類じゃないのか?」


ダイゴたちは沈黙した。図星だ。タツマが言葉を継いでいく。


「最初に言ったけど。 一体何に使うの? あれはさ、宇宙海賊から身を守る装備ではないよね。 地上を攻撃する兵器だ。 PMCが紛争介入するときに用いる道具だよね。


 政権と裏取引して、攻撃型人工衛星を用いて住民を虐殺して、多額の報酬を得て去っていくパターンらしいけど。 親父が知らないわけないよね」


タツマの詰問にダイゴは黙っている。


「就任当初も言ったけど、PMCになるつもりはないよ。 中身の見えないモノを運んでいるのは、分かっているし、積荷が兵器かなって思う時もある。 でもさ、自ら関係ない第三者を葬るのは別だろ? 」


「お前に紹介したい人がいるというのは言ったな 」

「新しいお袋さんになる人だろ? 名前も顔もまだ知らないけど」


「彼女の名は、スキュレス・トリュフィナ。 彼女は、泣く人や悲しむ人が少ない世界を作ろうとしているんだ」


―― あるぇぇぇ~? 最近聞いた……


タツマの中に多分の動揺が走る。 しかし、個人の問題は置いといてまずは全体的問題に焦点を当てたまま話を続ける。


「そうか……しかし、行動が抽象的だ。 宗教家の信者を集める常套句にも聞こえる」


「具体的には戦争のない世界……とまで言えないが、紛争が起こりにくい世界を作ろうとしているんだ」


「なるほどね。 そこでえらい公務員か――行政か政府関係者になるね。 それで? 」


「しかし、紛争で儲ける企業、自国のメンツを保ち、領土を拡大したい一派もいる。自国、敵国に関係なく。 もちろん、住民にもだ」


「だろうな。 そんなの輩、どこにでもいるさ」

「しかし、彼女も起案政策を行い、他国が興味を持ち始めてきた段階まで来ている」


「話が長い。 で、結局あの攻撃衛星何に使うのよ? 」

「保険だ」


「保険? なるほど、彼女の身に危険がせまったら敵対グループを“鉄の杖”で一毛打尽ですか。 内政干渉です。 我々の業務範囲を超えています。 ダメです」


「いや、人を攻撃することには使わない。 抑止力として軌道上に配置するだけだ」


「抑止力として使うってことは、存在を公表するってことでしょ!? 出所を辿られたらヒルベルト商会の名が出る。尚更ダメだね! それに恐怖で縛る体制なんて長続きしないって、歴史が証明してる!」


「抑止効果の兵器ね。 しかし、そうなると衛星の存在を知らせることになり、出所でうちの名前が出る可能性があるよね。 尚更ダメです。 そして、彼女の名前が全面にでても、恐怖による体制は長続きしません。 断言します」


民間貿易商がPMCまがいの軍事介入を行えば、惑星間貿易免許は即座に永久剥奪される。それどころか全クルーがブラックリストに載り、全宇宙で二度と表の仕事に就けなくなる最重罪だ。


「抑止に使うのは、交渉相手じゃないんだ」

なるほど、利用先は既に決まっているのか。


「テーブルにつくのは、キンメリア大陸、サバエア大陸、テンペ大陸の都市国家群の代表者達を想定している。 それを心よく思わない連中がいる。 その中での揉め後には、一切使うことはない」


なんか、どこかで聞いた話だぞ。

「……ティーファ大陸のタニア連合国家か?」


「そうだ。自分たちの利権のために他国へ平気で軍を差し向ける連中だ。奴らの武力介入を防ぐためには、こちらも相応の見えない巨大な力が必要なんだ……頼む、タツマ!」


言うや否や、ダイゴはその場にドスンと膝をついた。息子に向かって、頭を床に擦り付ける。


―― 息子相手に土下座かよ


ダイゴは続ける。

「タニアからすれば食料の支配権を奪われる死活問題だ。だが、この条約が結ばれれば大陸間での無駄な争いはなくなる! 食料を融通し合えば、誰も飢えずに済むんだ! 俺は……そんな平和なマールス(火星)をあいつと作りたいんだよ!」


青臭く熱血に語る父親の姿に、タツマは頭を抱えた。

いくつになっても夢を追う親父。 そして、その裏で自分がとんでもない巨大な陰謀の片棒を担がされているという猛烈な頭痛。


―― ナーミャンの協力依頼は、この政治家の為に、暗躍しろってこと? 貿易商の業務範囲外だろ




--- マールス(火星)スペース・ステーション


マールス(火星)の軌道上にスペース・ステーションが見える。 テラ(地球)スペース・ステーションと大きな違いはない。


火星は2本の軌道エレベータがあり、各エレベータにステーションが付いている。


軌道エレベーター直結でないものの、それなりの数のスペース・ステーションもまたマールス(火星)宙域に存在している。 


流石にコロニーのように大きくはないが、宙域で仕事する業者やその家族などそれなりの人数が地上を離れ、この何もない空間で生きるための重要なインフラになる。


特に軍用ステーションは、戦艦やパトロール艦の係留等に使われている。

軍艦などの管理は、フォボスでも行われるがこの宙域ステーションで係留の場合もある。


フォボスとマールス(火星)との間は、これらの兵器がウロウロしている為、宙域の治安はかなり保たれている。


そんなモニター映像を見ながら、軌道ステーションを映しているモニターを確認すると相変わらず、中型・小型船の発着ベイは列が出来ている。どこも変わらない光景になる。


そんなことをしていると、いつものように、アリエフ(操舵手)が、所属や船名の通信を入れる。


≪ステーション・ステーション。こちらヒルベルト惑星間貿易、登録番号と送信します。エリス中継基地へ進入許可をお願いします≫


≪了解。 ……登録番号確認。……寄港許可確認。進路30へ≫

こっちのオペレータは素っ気ない。


進路30へ向けて船を動かしている。 ベイに近づくとトラクタービームを検知する。

受け入れ許可し、自動運転モードに入る。


「さて、これからどうしたものか? 」

ブリッジのモニターに映されるマールス(火星)を眺めながらつぶやくだけだった。


結局、攻撃衛星は、親父のダミー会社の通信衛星として登録し対応することになった。

親父自身も既に、ヒルベルト商会の社員でもない。


もっともこの案で規制を潜り抜けられる訳がない。

民間会社が、国家所有でない環境に甚大な被害を与える超兵器を所有・管理している。


地上に被害が出た場合、結局は首謀者の経歴をたどられ、関連した惑星間貿易商は、惑星間裁判所に呼び出される。 


審議によっては、免許はく奪。 法の抜け道は、限りなく細い。

とはいっても、親父曰く“最後は俺が責任を持つ”との発言で押し切られることになる。


親父の命と惑星間貿易商も免許没収は、関係がないと言っても頑として聞き入れず、根負けして結局認めることになる。


それに親父に膝ま付かれたら、首を縦に振るしかない。

―― 我ながら貧乏くじを引いたものだ


衛星の受け渡し場所も宙域になってしまうため、瀬取り対応になり黒に近いグレーな行為。

加えてクルー全員が、親父の意見に賛成している以上どうにもならなかった。


射出した衛星は、スペースデプリに紛れ込ませ、徐々に衛星軌道上に移動させるらしい。

塗装も最初からそのつもりだったのだろう。


―― 迷彩色の衛星なんて変だと思ったよ。 最初からこちらを騙す気だったんだな。

そんな、犯罪すれすれ行為をした後に現在に至る。



≪荷下ろしを実施します≫

ベイからのお達しだ。


コンテナを開けて、番号を参照し輸送用ドローンが荷下ろしを実施している。


『下船の許可が下りました』

シップマスターが、いつもの調子で伝えてくる。


親父達が真剣な顔なのが印象的だ。 最初から全員グルだったようだ。

まだ社長といってもお飾りとのことがよくわかる。


「加えて、マールス(火星)の厄介ごと解決とか。 一介の商社に何をさせる気だよ。

うちらは物を運ぶのが仕事だよ? 」


全員が出立した後の空のブリッジでタツマの愚痴もこぼれる。


『タツマ。 この船の留守は任せてください』

セレン(シップマスター)だけが、こちらの味方のように思える。


「お願いするよ」

全く仕事が、終わったのに何でこんな気持ちが重いんだ。


親父の青臭い理想に着き合わせられるかと思うと気が滅入る。

「どんな案件が待っているのやら」


タツマは呟く。


ハッピーカムカム号から接続回廊を通って軌道エレベータに向かう。

回廊道中からの火星は、本日も青々している。



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