旅立ち
火星と聞いて何を思浮かべるだろうか?
移住し易そうな星?
詳しい人だと地磁気がないとか?
この世界の火星は、それなりに暮らしやすい惑星になっている。
惑星サイズもほどほど大きく、衛星もそれなりにサイズがあり、重力もあります。
ただし、公転が長い為、地球での1.9年で火星での1年になります。
「マールスか……」
ダイゴが空を見ながら呟く。
彼らは、現在、サバエア大陸のレーベにいる。 レーベは、サバエア大陸の都市国家群の中で南部最大の都市国家であり、お隣のキンメリア大陸との結節点として陸地からも海上からも接続が良いことがあげられる。
陸地の回廊メレア地域に近いこと、さらにはとヘラス地中海の良港があるのもポイントが高い。
また、巨大な湖? プロクター海にも挟まれており、水が豊かな土地になる。
そして、ヒルベルト商会の一行は、丁度、空港のターミナルビルから出たところである。
肌に触れる空気が一気に下がる。
「おお! 冷えるねー。 マールスの秋季だなー」
翔巴さんが、上着を着ていてもそれでも体をすぼめながら、独り言のように声を出している。
レーベは、軌道エレベータのあるエリスから飛行機で半日以上の距離で、それなりに時間がかかる。
「寒すぎだろ! 冬季だよ! この気温は! くっそー何でこんな場所なんだよ! 」
タツマは、体を揺らしながら、鄭さんに呼応するかのように愚痴る。
「まー太陽から離れているな」
親父は、気温など気にしないかのような雰囲気で、言葉を付け足す。
各々の感想が飛び交うが、しかし、マールス(火星)は、個人のことなど気にはしない。 訪問者への歓迎は、凍える空気と共に澄み切った天色の空で対応する。
タツマは、一頻りの愚痴を吐き出すが、ふと視線が空に向くと、その蒼さに一瞬で引き込まれる。
その光景は、寒さをへの愚痴を瞬間忘れるほど澄み切っており、震えながらも空に見とれるものである。 宇宙空間の闇一色から地上の総天然色の景色が広がる。
―― やはり地上は心地が良い。
そして、その光景と伴に長時間の航空機に閉じ込められた圧迫からの開放感を暫く感じていると、目の前に大きめの旅客車両が廻される。
タツマ達の眼先に停まり、乗車口から黒服3人と一人が出て来る。
その中の一人の女性がこちら気づき、笑顔を向けてこちらに向かってくる。
問題人物のご登場。 マールス(火星)人は、実年齢より若く見える。
地球年齢で30歳を超えているはずだが、20代にしか見えない。
容姿端麗、豊麗肢体と言った容姿であり、親父の再婚者としては、美人すぎる。
大体、いい年こいてナンパばかりしている、人間がなんてこんな美人と付き合えることが、理不尽でならない。
女性が手を振ってくる。
「ダイゴ。 久しぶり」
「トリュフィナも元気そうでなによりだ」
親父が、はつらつとして応じているが、こっちは、訳の分からいことに突き合わせるとの思いもあり憂鬱な気分で、心が満載である。
「あら、タツマ君ね。お久しぶり。ずいぶん前だから、スキュレス・トリュフィナよ。 覚えている? 」
彼女は、随分と懐かしそうにこちらを見て微笑んでいる。
因みにマールス(火星)人は、基本後ろが名になる。つまり、彼女のファミリーネームは“スキュレス”になる。
「お久しぶりです。 親父がお世話になります」
とりあえず話を合わせるが、私の記憶に彼女はいない。
その後、トリュフィナ氏は、ヒルベルト商会の他の社員とも雑談をしている。 どうやら彼らとも顔見知りの様だ。 一通りのあいさつを済ませると、旅客自動車への搭乗を促される。
乗車時には黒服からのボディチェックを受ける羽目になる。
タツマとしては、このまま乗らずに別れたいぐらいなのだが、美人少将に引き受けると言ってしまった手前、無責任に業務放棄も出来ない。
その状況を感じ取ったのか、彼女の目じりが下がる。
「ごめんなさいね。 規則なのよ」
こちらに申し訳なさそうにいってくる。
車両に乗り込むと議員の車両だけあって中々豪華だ。 座席も快適、素敵な旅になりそうだ。
「早速だけど、ダイゴ。 今の状況を説明するわ」
もっとも、どこに行くか聞かされずに、出発するのはどうかと思うけど。
「最近、キンメリア大陸の国家群のどこかの民兵の断続的にエリスへの領土侵犯が、深刻になってきて、加えて報道でも連日大きく取り上げられていているの。
このままだと、こちらのエリス国民のキンメリアの各都市国家への心象悪化につながりそうで、何とかしたいと思って」
――キンメリア大陸ってまだ広い括りだな。まぁ民兵と言っているところを見ると、所属不明といったところか?
「なるほど。 それで俺たちに何をしろと? 」
親父が、発言の意図を聞く。
「キンメリア大陸のとある都市国家から救援を要請されているの」
「救援ねー」
親父が応じている。
はやり暗躍案件っぽい。 救助と言う名の工作活動だろと心の中で呟く。
惑星間貿易商だから移動の自由はある程度保証されているが、特定の国に肩入れするのは今後の商売にケチが付くからしたくないところ。
ここでタツマが発言する。
「工作活動なら自前の機関を利用すればいいでしょう? 」
「私達の都市国家エリスは、あまり融和政策に積極的ではないの。 それに情報庁は、現状、執政官の力が強くて――事実、情報庁の長官からも口頭で、“融和政策の作戦にリソースは割けない”と言われちゃって。 だから、こうして民間に委ねる感じかしら」
スキュレス氏の表情が曇る。
――うーん美人。 親父がどうしてこんな美人とお近づきになったか聞きたいものだ。
とはいえ、そこ以外の詳細な説明は、かなり省かれている。
おそらく親父達の連絡を密に実施していたためか、説明は不要とのことなのか? となると内輪の協議のようにすら思えて来る。
「工作活動か……で、救援とはどんな内容なんだ? 」
親父が切り出す。
「簡単に言えば、都市国家政府からの圧政後の打開策を求めてきているわ。詳細は今から向かうホテルに準備している」
――この車両。 ホテルに向かっているのか。
「そいつらが、エリス領土内に侵入してきている奴らなのか? 」
ダイゴが、スキュレス氏に質問する。当然、問題があるから介入するのだろう。
「関係ないと思う」
「関係ないのかよ! 」
思わずタツマから声が漏れる。
「今回の目的は、この件を解決して、キンメリア大陸内にエリスの情報ネットワークを広げるというもの。 私は、この間接的に領土侵犯への解決を行いたいの。 もちろん、武力を用いる方法もあるけど――色々問題があってね」
スキュレスさんにも何か考えがあるようで、それゆえ回りくどい手法での対応のようだ。
「それで? どうすればいい」
「予定場所には、現地の諜報員がいるわ。その諜報員から詳細は、聞いたが方が早いと思う」
漠然としている内容と歯切れの悪さに、タツマが指摘する。
「圧政後の打開策って、他の国への内政干渉の手伝いをしろと? 」
「内政干渉にはならないわ。 圧政によって荒廃した社会の立て直しかしら? 」
「……」
やはり明確な回答が帰ってこない。 地方政府が手を出さない問題に対して、民間が介入というのも解せない。 まぁ親父に任せておけばいいか。
その後も親父達が、今後の打ち合わせをしているが、親父たちの仕事と割り切り、タツマは車両からの眺めを楽しむことになる。
*
しばらくした後、旅客車両が、建物の前に止まる。
―― 随分と高級そうなホテルだ。議員ってやつは金があるな。
先に黒服が下りて周囲を確認したのちに、彼女が車両から降りて、ロビーに向かう。
報道の人も多少いるようで、駆け出しの議員であっても、その容姿から注目を浴びているようだ。
くつろいでシートに座っていた親父達も降りる準備をする。
「タツマ。 お前は裏口から入れ。 目立つ役は、俺達が引き受ける」
親父からのご要望になる。
「了解だ」
あまり目立つのも好きではない為、了承する。
―― といっても目立つ役って何だ?
わずかな疑問も浮かぶが、報道記者が彼女を追いかけているいる以上、面倒くささがあるため
その助言に素直に従うことになる。
それに、報道記者も後から降りてきた服装も一般的なモブには、特に興味がなさそうだ。
そんなことを考えながら、その光景を眺めていた、次の瞬間、乾いた音が周囲に響き渡る。
日常的に聞いている音――拳銃の音だ。
「銃声! 」
咄嗟に身を屈め、しばらくして窓から外を見ると親父が犯人を取り押さえている。
あたりはパニック状態で報道陣も逃げ回っている。トリュフィナさんも無事のようだ。
親父と黒服が負傷しているようだが、親父の腕から血が出ておらず、配線が見ている。
「親父の左腕……義手だったのか」
タツマも知らない事実が、奇妙なタイミングで判明する。
しかし、タツマとしては、多少の驚きが有ったとしてもいつまでも車両の中にいることはできない。 親父が撃たれている以上介抱する必要がある。
車両を急いで降りようとすると床が開き、黒服の人間が下から現れる。
スキュレス議員の護衛ではなさそうだ。そしてタツマの前に立ちはだかり、行く手を遮る。
武器がないため、交戦も抗うこともできない。
出来たとしても人が複数のためこちらに不利なのは明らか。
「タツマ様は、こちらへ」
問答無用のようだ――しかし“様”を付けているので、こちらに敵対の意思はなさそうだ。
武器もないので従うが吉と考え、タツマは彼らに指示通り地下に向かう。
旅客車両の下は、マンホールに通じており、そのまま下水道に導かれる。
黒服が電灯を照らし道を案内する。 臭いがきつ過ぎて質問する気も起きない。
進んでいくと扉がある。ノックして合言葉を言っているようだ。 臭いから早く逃れたい一心で扉が開くと急いで中に入る。
室内は、下水の臭いもなく、臭いから解放される。
「はーきつかった。でっ。説明はあるんですよね? 」
タツマが、黒服に問いかける。
「我々に言えることは少ないです。 そもそも、我々はあなたを此処に連れてくる命令で動いています」
―― なるほど。 となると彼らは下端となる訳か
相手はそのまま話を続ける。
「ただ、銃撃事件は想定外でした」
―― 銃撃はこいつらの自演では、ないという事か。
「それでは、ここで少しお待ちください」
黒服たちは出ていく。
地下のためシップマスターとの通信もできない。そもそもボディチェックで装備も何もない。
―― 命の危険がないだけでも良しとするか。
室内を見ると部屋の中には、カメラと映像モニターがある。
―― 遠隔で対話か……しかし、旅客車両の下からの黒服の登場は、銃撃の有無にかかわらず予め想定されていたと言うことか? であれば、私と親父をどうしても離したかった?
いや親父じゃないな……あの議員と私が一緒にいるところを晒したくなった?
何故だ?
状況からの熟考をしていると、画面が映り始め、声が聞こえて来る。
*** 通信開始 ***
≪順調でなによりだ≫
画面に顔が映し出される。
―― どっかで聞いた声だぞ
≪おお! ナーミャン 奇遇だね! ≫
≪ナーミャンじゃない。 クシャナ少将だろ。 まったく。 しかし、約束を守ってもらっているようで何よりだ≫
≪美人の頼みですからね≫
画面越しにも照れているのがすぐわかる。 かわいい。
≪貴様というやつは……まぁいい。早速だが、彼女から行動内容は聞いているか? ≫
―― あの漠然とした計画のことだろうか?
≪ええ、聞いていますけど、なんかどっかの都市国家の諜報員と接触して問題を解決してこいと言われただけですよ。 それにしても随分な搦手ですね。 わざわざ、旅客車両からの地下への移動とは≫
≪トリフィナ・・・・・・護民官殿が、どうしてもお前と面と向かって要請したいとのご要望だったからな。こっちも婚約の話は寝耳に水だったから最初聞いたときはな・・・・・・≫
≪信用されていない? ≫
≪それに義理の息子の顔も見たかったし、一緒の時間を確保したかった感じかもな≫
タツマが黙る。
≪とはいえ、今回はエリスではなく、我々が独断で動いている内容だ。それも惑星間貿易商の力を借りてだ。 暗躍する人物は公開したくないが、隠し続けるとぼろが出る。だからある程度の情報公開をしつつ、肝心なところは隠密進めるといった感じだな≫
≪そこで親父達が前面に? ≫
≪そんなところだ≫
タツマがとりあえずの腹墜ちをする。
≪それで、こんな若造に何をさせる気で? ≫
≪簡単にいえば、地域振興だな ≫
≪地域振興? ≫
≪詳細は、現地の諜報員から聞いてほしい≫
まったく――誰も詳細は話す気がないようだな。 まさか黙って放り込む気でいるのか?
いや親父達が、詳細は知っているようだから適当でいいか。
≪それで親父達は? ≫
≪ダイゴ殿は、腕を撃たれたようだが、他の人間は全員無事だ。 ケガもない≫
タツマは、少し安堵する。
≪とりあえず、親父達と合流して、キンメリア大陸の詳細不明の都市国家へ向かえば、いいんですね≫
≪いや、お前一人だ≫
一瞬その言葉にタツマが固まるが、直ぐに反論を開始する。
≪いや……いや、いや、いや、冗談でしょ。 いくら何でも一人では、無理です。 道も知らないし、内容も全く理解していませんよ! ≫
≪なので、ヒルベルト商会から、助っ人が来てくれる。 その人物に聞けば大丈夫だ≫
何かぼやかされている感が強い。
≪いや、本当にそんな適当で大丈夫なんですか? ≫
流石のタツマも食い下がる。 と言ってもヒルベルト商会からの助人となるとそう多くはない。 親父出なければ、副社長、翔巴さん、ウィードさんしかいない。
それをぼやかす理由があるだろうか?
ドアロックが、開いた音がする。
≪もう少し話したいが、ドアを出ると助人が待っている。こんなことに巻き込んですまないと思っている≫
タツマの意見はスルーされることになる。 しかし、ヒルベルト商会からの人間がいるということで些末なことであると判断し、その時は注視しなかった。
≪そう思っているのなら。 成功したら一緒にデートしてくださいよ≫
≪あのなー私は真剣なんだぞ≫
≪こっちも真剣なんですよ。 お願いしますね。 それと今度は、もう少し色気のある場所で少将のいろいろな話を聞きたいですね≫
≪くっ。そうやって年上をからかうのは、よくないぞ。 さぁ行け! ≫
*** 通信終了 ***
ニヤニヤ笑いながら部屋を出る。
といっても、内心は“気が重い”の一言。 訳の分からない、目的もはっきりしない案件だ。
何から手を付けていいかも、分からない。それにヒルベルト商会の助っ人というのも気になる。
ドアを開け、通路を進む。再び別のドアが見えてきた。
ドアから光が漏れている。
外か……。
ゆっくりとドアノブを回す。 ドアには鍵がかかってないようだ。
警戒しながらドアを開けると、青空が飛び込んでくる。
そして目の前には、
カーゴ車だ――。 トークンも――。 あと、
「マッド・キャミャエルだ」
思わず口から言葉が漏れる。
「おお! やっと出てきたわね。 待ちくたびれたー。 それと変なあだ名はごめんだから」
相手からの即座の反論がある。
―― なんなんだ?これ。
「ああ、親父さんから聞いてなかった? 私。 ヒルベルト商会に就職したのよ」
「えっ? 」
理解が追い付かない。
就職? 彼女はAI科学者じゃなかったけ?
マッド・キャミャエルは、こちらの困惑を無視して話を続ける。
「こちらのトークンは、私のAIを搭載した特別製。 ウェヌス(金星)製造のモデルトークンで信頼性は申し分なし。 名前は、アルプ。 旅のお供よ。 私のAIだから性能は間違いなし。 そして、このカーゴ車は、スマイル号! カーゴ内は宿泊もできる簡易宿泊設備もあるわよ」
―― 隣の大陸まで車両で行けと・・・・・・
タツマがげんなりしていると、先ほど紹介されたトークンが、こちらに歩き近づきお辞儀をする。
『よろしくお願いします。 タツマ』
「よろしくお願いします」
礼儀正しい。いやそうじゃなくて。
アルプの声は完全に男性の声で、それに黒いトークンになっている。
「なぜここに? 」
「うーん。マールス(火星)を救うヒーローになるためかな」
2人と1体の奇妙なマールス(火星)道中が、幕を開ける。




