第85話 栞への誕生日プレゼント
レストランへ移動し、予約していた名前を伝えるとスムーズに席へ案内してもらえた。いつも栞とくるお店よりは少しだけ価格帯の高い店だから、ちょっと緊張する。
「では、料理をお持ちしますね」
店員が去っていくと、栞が目を輝かせた。
「もしかして先輩、コース予約してくれたんですか?」
「まあ……誕生日だし」
ドリンク付きで一人3000円のコースだ。それなりに奮発したつもりだけれど、誕生日ディナーの価格としてはそれほどではないだろう。
たとえばすみれは、誕生日にすごく高そうなディナーの写真をイソスタに載せていたことがあるし。
「大学生になったら、もっといいところを予約するから」
付き合って初めての誕生日だ。もっと頑張るべきだったかもしれない、と不安を覚えながら栞を見つめる。
栞は大きくまばたきをした後、幸せいっぱいの笑顔を見せてくれた。
「それ、再来年も、私の誕生日を祝ってくれるってことですよね」
どうやら栞には、大学生になったら、という部分が響いたらしい。両手で頬を包み、ふふ、と何度も楽しそうに笑う。きっと幸せという概念を擬人化したら、栞みたいな女の子になるのだろう。
「うん。栞がよければだけど」
「私はずっと、先輩が祝ってくれなきゃ嫌です!」
夏鈴先輩、と栞がテーブルの下で足を絡めてきた。
「ねえ、先輩。先輩の誕生日は絶対、私がたーっぷり祝ってあげますから」
「ありがとう」
「なんか、早く先輩の誕生日になってほしいくらいです」
私の誕生日は2月だ。名前のせいで夏生まれだと勘違いされることが多いけれど、真逆の冬生まれである。
名付け親は母ではなく父で、二人が夏に出会ったからだと言っていた。
二人の出会いについて、小さい頃はよく母が語ってくれた。一目惚れだったのだと、恥ずかしそうにしていたのを覚えている。
「栞が祝ってくれるなら、誕生日が楽しみだな」
「たーくさん祝います! だから、たくさん楽しみにしててくださいね」
頷いたタイミングで、前菜が運ばれてきた。お洒落な皿に盛りつけられたサラダだ。
「わっ、美味しそうっ!」
栞、野菜はそんなに好きじゃないのに。
「私、こんなに美味しいサラダは初めてです!」
笑顔でサラダを頬張る栞が愛しい。私もだよ、と返してサラダを口に運ぶ。確かに、フルーツソースのかけられたサラダは美味しかった。
◆
「ご飯、美味しかったですね!」
「うん。そう言ってもらえてよかった」
実際、料理は期待していたよりも美味しかった。もしかしたら、栞と一緒に食べたからそう思っただけかもしれないけれど。
さりげなく店員さんと目を合わせて頷く。食後、バースデープレートを用意してもらう手筈になっているのだ。
バースデープレートを持った店員さんが、ハッピーバースデーと歌いながら近づいてくる。テーブルに運ばれてきたケーキを見て、わっ! と栞が飛び跳ねた。
「誕生日おめでとう、栞」
「せ、先輩がこういうの用意してくれるタイプだったなんて……!」
「栞は好きそうだと思ったから」
慌てて栞がスマホを取り出し、撮影を始めた。ろうそくの火がついているうちに、写真を撮ろうとしたのだろう。
おめでとうございます、と笑って店員さんが去っていく。
撮影を終えた栞が、笑顔のままろうそくの火を吹き消した。
「先輩。私、こんなに嬉しい誕生日は初めてです」
「来年は、もっと嬉しい誕生日にしてあげる」
「……私、嬉しすぎて倒れちゃうかもしれません」
「それは困る」
微笑んで、鞄の中から綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出す。待ってました、とでも言いたげな顔で栞が見つめてきた。
「これ、誕生日プレゼント。気に入ってくれるといいんだけど」
「絶対気に入ります!」
丁重な動作で小箱を受け取ると、開けていいですか? と栞が確認してくる。頷くと、栞がゆっくりと包装をはがし始めた。
包装をはがすと、真っ白なケースが出てくる。開けていいですか? と栞はもう一度同じ質問をしてきた。
「……うん」
気に入ってくれるはず、という自信はある。それでも、プレゼントを渡すのは緊張してしまう。
栞がゆっくりと箱を開ける。そして、中に入っている物を見て目を見開く。
「……これって」
「うん。実はもう一個、私の分もあるの」
ラッピングされていない、同じ小箱を鞄の中から取り出す。箱を開けると、サイズ違いで同じ物が入っていた。
栞へのプレゼント。栞のことをたくさん考えて選んだ物。
それは、お揃いのピンキーリングだ。




