第86話 運命の赤い糸は
「おそろいの、指輪……っ!」
栞は感極まった表情でケースから指輪を取り出し、きらきらとした顔で手を差し出してきた。
「夏鈴先輩! つけてください」
「うん」
栞の手から指輪を受け取り、彼女の左手の小指に指輪をはめる。まるでサイズをはかったかのようにぴったりだった。
よかった。栞とはよく手を繋いでいるから、自信はあったんだけれど。
「わあ……!」
指輪に照明の光をあて、栞がうっとりとした表情で指輪を眺めている。
プレゼントしたのはシンプルなシルバーのリングで、小さな赤い石が埋め込まれているものだ。
「せ、先輩には私がつけます!」
「うん、お願い」
左手を差し出すと、栞は緊張しつつも私の小指に指輪をはめてくれた。おそろいの指輪を見て、栞が何度も幸せそうに笑う。
よかった。喜んでくれて。
「いろいろ悩んだんだけど、これなら栞も喜んでくれるかなって」
「喜びますよ! いやなんでも喜びましたけど! まさか指輪だったなんて……」
えへへ、と笑いながら栞が私達の手を何枚も写真に撮った。
「でも先輩、なんでピンキーリングだったんですか?」
「……分かんない?」
「えっ? す、すいません!」
「いや、謝らなくていいんだけど」
お店でも、恋人への指輪は右手の薬指用が定番ですよ、と店員さんに言われた。ピンキーリングはファッション用に自分で買う方が多いですから、と。
その時は恥ずかしくて理由を言えなかったけれど、栞にはちゃんと伝えておきたい。
「運命の赤い糸は、小指に結ばれているものだから」
自分で言ったくせに恥ずかしくなって、私はとっさに栞から目を逸らしてしまった。
「夏鈴先輩……! だ、だからこれ、赤い石なんですね!?」
「……そう」
あまりにもキザな台詞だっただろうか。顔が熱くなって、俯いて顔を隠そうとする。けれど栞が私の頬に手を伸ばしたせいで、それはできなかった。
「嬉しいです、私」
「うん」
「これ、毎日つけます。学校の日も、塾の日も、デートの日も!」
「……私も、毎日つけるよ」
「えっ!?」
それって、と声を震わせた栞の手をテーブルの上で握る。もちろん、恋人繋ぎで。
「誰かに聞かれたら、言っていいから。私からのプレゼントで、私とおそろいだって。私もそう言う」
「……それって、その……そういう、ことですよね?」
「うん」
私は栞のことが大好きだ。だからこそ、関係を二人だけの秘密のものにして、からかわれたり、悪く言われることを避けたかった。
そして、そこには怯えだってあった。
「私達はお互いが好きで付き合ってるだけ。隠す理由なんて、ないでしょ」
「夏鈴先輩……!」
別に、みんなが交際を周りに明かさなきゃいけない、なんて思ってないし、これからも他人に言って回るつもりはない。
でも、私と栞の関係は、誰かに隠さなきゃいけないものでもない。
「手、繋いで帰ろっか」
「はいっ!」
◆
店を出て、わざとゆっくり駅へ向かう。明日の朝も早いから、家に帰った後のことを考えると少し憂鬱だ。
本当なら、日付が変わる瞬間まで、誕生日の栞を独占していたかったのに。
「栞」
駅に入る直前、立ち止まって栞の手を引く。栞が上目遣いで私を見つめた。
「キスしていい?」
「どうぞ!」
目を閉じて唇を差し出してくる。いつ人がきてもおかしくないような駅前で、私はそっと栞にキスをした。
「ねえ」
栞の左手に手を伸ばし、なにもつけていない薬指を撫でる。
そしてそのまま、薬指に口づけた。
「ここは、私が予約しておくから」
「……きょ、今日の先輩はいつにも増して狡すぎませんか!?」
「そう?」
「絶対にそうです。100%。確実に!」
可愛い顔を真っ赤にして、栞が私に抱き着いてきた。私の腰に手を回し、何度も胸を押しつけるようにぐいぐいとくっついてくる。
「私なんか先輩の薬指、来世まで予約しちゃいますからねっ!」
狡いのはどっちだろう。
「じゃあ、私は来来世まで」
バカップルとしか言いようがない会話をしながら、ゆっくりと駅へ入る。別々の家に帰ることが寂しいけれど、きっといつかこんな日々を懐かしく思う時がくるのだろう。
ホームに立って、電車がやってくるのを待つ。電車がこなければいいのに、と思ってしまうのは、きっと栞も一緒だ。
「栞」
「はい!」
「大好きだよ。世界で一番、誰よりも」
ぎゅ、と繋いだ手に力を込める。
「私は、銀河で一番、先輩のことが好きです!」
それ、あんまり意味変わんないでしょ。
そう口にする前に電車がきた。手を繋いだまま乗り込む。
これ以上の幸せはないって思っちゃうけど、きっとまだ上があるんだろうな。
私は一生、栞のことが好きで、未来永劫栞に堕とされ続けるに違いない。たぶん私は、栞がいなければなにもできない駄目人間になってしまうんだ。
でも、いいか。
栞は絶対、私の傍にいてくれるんだから。
(了)




