第80話 私、恋人ができたの
「先輩。今日も送ってくれてありがとうございます!」
「うん。気をつけてね」
「はい! でも大丈夫ですよ。駅まで、お父さんが迎えにきてくれるみたいなので!」
最寄り駅まで栞を送り、改札前で手を振って別れる。別れた瞬間に寂しくなってしまった。
もうちょっとだけ、一緒にいたかった。
でもどうせ、どれだけ長い時間一緒にいたとしてもそう思うのだろう。きっといつか、帰る家が一緒になる日まで。
「そろそろプレゼント、決めないと」
歩きながら、栞の誕生日プレゼントについて思いをはせる。栞が望んでいた通り、他人にアドバイスは求めていない。インターネットの記事はいくつか参照したけれど、それくらいなら許されるだろう。
なにがいいんだろう。形が残るもの? 実用性があるもの?
なにをあげたら、栞は喜んでくれるのかな。
私からもらった物ならなんでも嬉しい、と栞は言ってくれた。だけど私としては、やっぱり栞が本当に喜ぶ物を用意してあげたい。
だって私は、栞の恋人だから。
◆
「ただいま、夏鈴」
「おかえり」
「夕飯今から作るから、ちょっと待ってて」
仕事帰りにスーパーで買い物をしてきたお母さんが、てきぱきと台所で料理を始める。
食材の買い出しやちょっとした料理くらいなら手伝えるとは思うのだけれど、両親が離婚した時にその必要はないと言われた。
『夏鈴が好きで料理をしてくれるなら嬉しいけど、そうじゃないならやめて。私は夏鈴に、片親だからってなにかを押しつけたくないの』
そう言っていたのは確か、離婚してすぐの頃。たまたま夜中に起きてしまって、一人でお酒を飲んでいるお母さんを見つけてしまった時のことだ。
今ではお母さんは家でほとんどお酒を飲まない。仕事だって順調そうだし、夜はいつもちゃんと眠っている。
お母さんはお父さんのことが好きで、結婚して子供まで作った。
なのに別れることになって、どんな気持ちだったんだろう。その傷は今、どうなってるんだろう。
意識的に頭の外に追いやっていた思考が、数年ぶりに頭の中に戻ってくる。栞という恋人ができた今、別れに対して敏感になっているのかもしれない。
「……あのさ、お母さん」
「なに?」
「私、恋人ができたの」
包丁をまな板の上に置いて、お母さんがゆっくりと振り返る。私を見つめる眼差しは、泣きそうになるほど優しかった。
「栞ちゃん?」
「……うん」
「おめでとう、夏鈴。栞ちゃんなら大賛成だわ」
予想通りの言葉だ。だけど改めて言われると胸の奥がじんと熱くなる。
「……女同士とか、気にならない?」
「そうねぇ。そこに関しては、今さらって感じかな」
お母さんにすみれへの恋心を打ち明けた時は、女同士だから、なんてことを気にできるような状況ではなかった。
既に私の恋は失敗に終わっていたし、母はひたすら私を慰めることに必死だったから。
「夏鈴が幸せなら、私はなんだっていいの。親として、さすがにだめだって言うこともあるかもしれないけどね」
「……孫が見れないかもとか、考えたりしない?」
「そうねえ……」
少しの間お母さんが黙ったのは、私に本音で向き合おうとしてくれているからだと思う。
「代わりに、栞ちゃんが長生きしてくれたらいいかな」
「……なにそれ」
「私は、夏鈴に寂しくなってほしくないだけだから」
じわ、と涙が出てくる。お母さんはそっと手を伸ばして、私の頭を撫でてくれた。
「孫が見たくないとか、興味が全くないって言ったら嘘になるとは思う。でもね、私にとっては夏鈴が一番なの。夏鈴以上に大切なものなんて、私にはこの先もないんだよ」
我慢できなくなって泣き出してしまった私を、お母さんはぎゅっと抱き締めてくれた。昔は私より背が高かったのに、今では私の方が大きい。
「夏鈴は泣き虫ね」
「……それ言うの、お母さんだけだと思う」
「そう?」
ぽんぽん、とお母さんが私の背中を優しく叩いた。
◆
ベッドに寝転がって、そっと目を閉じる。考えるのは栞とお母さんのこと。私のことを、本当に大切に思ってくれている人のこと。
「……プレゼント、決まったかも」
きっと栞は喜んでくれるはず。というかもう、これしかないような気がしてきた。
「あとはどんなのにするか、だよね」
今度の休みの日にでも買いに行こう。ショッピングは好きじゃないはずなのに、楽しみになってきた。
「栞の誕生日なのに、私が幸せになっちゃいそうだな……」




