第79話 今日はここまで
「先輩、超可愛いです! 写真撮っていいですか?」
私のヘアセットを終えた栞が、大はしゃぎで正面に回り込んできた。
「いいけど」
やったー、と言いながら栞がスマホを構える。見慣れないお団子ヘアの自分に自信があるわけではないけれど、せっかく栞がしてくれた髪型だ。
「本当に可愛いです、先輩」
パシャパシャ、と何枚も写真を撮られる。私の写真をそんなに撮ってどうするのだろう。
「撮り終わったら、次は私の番だから」
「はい。先輩が満足するまで、たーっぷり撮ってくださいね?」
栞の指示に従って顔の向きや角度を整え、何枚か写真を撮る。栞が満足したら、次は私の番だ。
「栞、こっち向いて」
メイド服姿の栞を何枚も何枚も写真に撮る。こんなに可愛いんだから、たくさん撮っておかないと。
栞もノリノリでポーズを決めてくれるものだから、あっという間に私の写真フォルダは栞でいっぱいになった。
「お互い、いっぱい写真撮っちゃいましたね」
「うん」
撮影に夢中になっている間に、かなり時間が経ってしまった。うちから栞の家までは時間がかかるから、そろそろ帰らなければならない。
泊まっていけば、なんて簡単に言える年齢ではないのだ。
「そろそろ着替えなきゃですね、先輩?」
「……うん」
「そうだ! 今の私はメイドさんなので、夏鈴先輩のお着替えを手伝ってあげます」
「え? いや、それはなんていうか……逆がいいんだけど」
にや、と笑みを浮かべた栞は、あっさり私の主張を拒んだ。背伸びした栞が、チャイナドレスの首元にあるボタンへと手を伸ばしてくる。
「先輩。私はいつも、先輩のえっちなお願い、聞いてますよね?」
「……そう、かも」
「かもじゃないですから。なのに先輩は、私のお願いは聞いてくれないんですか?」
上目遣いで可愛く見つめられたら、私に断る選択肢なんてない。ゆっくりと首を横に振ると、栞は満足そうに何度も頷いた。
「ファスナー、右ですよね。手、ばんざいしてください」
言われるがままに右手を上げると、右脇にあるファスナーを栞に下ろされた。
同性の前で着替えることなんてどうってことはないはずなのに、相手が栞だと思うだけでこれほど恥ずかしいとは知らなかった。
「じゃあ先輩、脱がせますよ」
なんとなく目を逸らしてしまう。そのまま栞は、手際よく私を脱がせた。
「……ありがとう」
慌てて制服に手を伸ばそうとすると、栞に止められてしまう。目が合うと栞は、にこにこと笑って私の胸をつついた。
「先輩のおっぱい、綺麗な形してますよね」
栞に胸を触られた。
栞が、おっぱいって言った。
その二つの事実に頭が沸騰しそうになる。
「先輩、次は私のこと、脱がせてください」
「その前に服着ちゃだめなの?」
「だめです。私だって先輩の恥ずかしい格好見たいんですよ? こういうの、恋人特権でしょう?」
「……分かった」
恥ずかしいから、という理由は、栞の提案を断るにはあまりにも弱すぎる。
こうなったらもう、さっさと栞のことも脱がせるしかない。可及的速やかに、今すぐ。
「じゃあ、栞のことも脱がせるから」
「きゃー、夏鈴お嬢様のえっち」
ふざけて笑う栞の胸元のリボンをほどく。エプロンを外す。メイド服を脱がせる頃には、栞の顔は真っ赤に染まっていた。
「夏鈴先輩。私、そろそろ帰らなきゃいけないんですけど」
「うん」
「……あと20分くらいなら、ここにいられるんです」
なにかを言うよりも先に抱き締めたのは、時間が惜しいからだ。
「夏鈴先輩」
「なに?」
「立ちっぱなしは、ちょっと疲れちゃいません?」
「すごく疲れちゃうと思う」
倒れ込むようにベッドへ移動する。なんとなく布団をかぶって、その中で抱き合う。お互いに下着姿だと、あらゆる箇所の肌と肌がぶつかった。
「ねえ先輩。山で遭難した時って、人肌で温まるとか言うじゃないですか」
「言うね」
「それ、今初めてピンときました。人肌って、あったかいんですね」
栞の人差し指が、そっと私の右腿をなぞった。何度も何度も同じ場所を撫でられると、その行為に意味を見出しそうになってしまう。
「先輩は、誰かとこんな風に触れ合うのは初めてですよね」
「うん」
「私、それが本当に嬉しいんです。だって、私も初めてだから」
過去に、栞が肌を重ねた相手がいなくてよかったと心底思う。もしそんな相手がいたら、脳が破壊されてしまう気がする。
「ちゅーしてください」
いつものようにそっと唇を重ねると、一瞬、柔らかいものが私の唇を突いた。
それが栞の舌だったと認識する頃にはもう、彼女は羞恥から目を逸らしてしまっている。
「……栞。もう一回、ちゅーしたい」
強引に顎を掴んで、性急に唇を重ねる。栞の口はわずかに開いていて、私の舌を少しも拒まなかった。
やり方なんて分からない。正解も知らない。ただ夢中になって、栞の口内を味わう。
「んっ、せんぱ……っ、もう、無理ですって……!」
何度も背中を叩かれ、仕方なく唇を離す。つう、とどちらの物か分からない唾液が唇からこぼれた。
「きょ、今日はここまで、です」




