第77話 バレちゃったら
「先輩が最近変わったって噂、めちゃくちゃ聞きますよ」
昼休みにいつもの場所へ行くと、栞が不貞腐れたように唇を尖らせた。
「クラスでもみんなと話すようになったとか! 挨拶したら返してくれるようになったとか! 今日の休み時間だって、クラスの人と楽しそうに喋ってましたし!」
「挨拶に関しては、前から無視したことはないんだけど」
ただ、最近挨拶をしてくれる人は多くなったなと思う。クラスメートもそれ以外の人も、すれ違う時に挨拶をしてくれるようになった。
「……先輩が人気者になっちゃって、寂しいです」
「それ、栞が言うの?」
「言いますっ!」
頬を膨らませて、栞が私に抱き着いてくる。彼女こそ学校の人気者で、誰からも愛されているというのに。
「……先輩。余所見しないでくださいよ」
「しないよ。昼だって、誘われても断ってるから」
「た、たまにはお友達と食べても、い、いいですけど」
震え声の栞は嫌がっているのが丸分かりだ。しないよ、と頭を撫でると、安心したように私に擦り寄ってくる。
こんなに可愛いのに、どうして栞は不安がるのだろう。
「告白とか、されてないですよね?」
「されてないよ」
「心配です。このままだと、みんなが先輩のこと好きになっちゃう」
いったい栞の目に、私はどう映っているのだろうか。
「先輩」
「なに?」
「チャイナドレス、届いたって言ってましたよね」
「うん」
「試着姿、最初に私に見せてください!」
当日トラブルを防ぐため、衣装は事前に各自で確認しておくことになっている。そして私はまだ、チャイナドレスを着ていない。
「いいよ」
「絶対ですよっ!? 約束ですからね!?」
「うん」
「髪の毛とか、私がセットしてもいいですか!?」
「うん」
やったー! と無邪気にはしゃぐ栞が可愛い。
優しく話しかけてくれる人が増えて、大好きな恋人はこんなに可愛くて。
あまりにも幸せな日常が、時折少しだけ怖くなる。
「栞」
「はい?」
軽く手を引いて、じっと栞の顔を見つめる。一瞬だけ照れたような顔になった後、栞は私にキスをしてくれた。
「もう、先輩。こういう時は、ちゃんとちゅーしたいって言わなきゃだめですよ?」
「ごめん。もう一回、ちゅーしてもいい?」
「いくらでもどうぞ!」
大きく両手を広げた栞の唇にそっと触れる。すっかり慣れた温もりは、心の中にある小さな不安をいつも和らげてくれる。
安心するのだ。彼女の熱に触れるたびに。
私には栞がいるのだと思うと、私は、世間のいろんなものが怖くなくなる気がする。
「ありがとう、栞」
「え? なにがですか?」
なんでもない、と彼女を抱き締める。腕の中の温もりが一生続いてくれたらいい。
そうすれば、他にはなにもいらない。
だけどこの温もりがあれば、私はなんだって頑張れるような気がする。
◆
「天笠さん、またね」
教室を出る寸前、クラスの何人かが手を振ってくれた。同じように手を振り返して、栞の教室へ向かう。
きっと今日は、文化祭の準備で少し帰りが遅くなっているのだろう。
校内はすっかり文化祭モードだ。教室装飾のために作られた道具がダンボールに詰められ、教室の隅や廊下に置かれている。
校内を歩く生徒の顔がいつもより浮かれて見えるのも、気のせいじゃないだろう。
去年はこういう空気、嫌いだったのにな。
「栞」
教室の扉を開く。栞は教室の中央に、六人くらいの女子達と集まっていた。
「夏鈴先輩!」
他の子達に会釈をして、教室の中に足を踏み入れる。
「わっ、天笠先輩だ!」
「やっぱり綺麗ですね」
「てか栞、先輩がきた途端すっごい笑顔じゃん」
クラスメートにもみくちゃにされた栞が、うるさい、と照れたように騒ぐ。
「栞。今日、忙しい?」
「いえ! 全然暇です今から先輩を迎えにいこうと思ってましたし!」
本当にそうだろうか、と少々不安になったけれど、周りの子達の表情を見ると本当らしい。
そして彼女達の中心には、大量のメイド服が入った段ボールが置いてあった。
「メイド服、届いたんだ」
「はい! 私のはこれなんですよ!」
栞が見せてくれたのは、丈の短いメイド服だった。フリルやレースが大量に縫いつけられていて、秋葉原のメイドカフェなんかにありそうな衣装だ。
どうやら人によって少しずつメイド服の形は違うらしく、丈の長いクラシカルな物を持っている子もいた。
私のために短いスカートにしてくれた……っていうのは、きっと自惚れじゃないよね。
「栞。よかったら今日、うちにこない?」
「へ?」
栞がびっくりしたように目を見開いたのはたった一瞬だった。
すぐに大きな瞳をきらきらと輝かせ、高速で頷き始める。
「絶対行きます!」
栞が叫ぶと、近くにいた子達が笑った。
「栞って本当、天笠先輩のこと大好きだよね」
「もちろん! というわけで、私は先輩とデートだから! じゃあね、みんな!」
笑顔の栞が私の手を引っ張る。廊下に出て二人きりになると、栞が小さい声で呟いた。
「……本当にデートだって、バレちゃったらいいのに」




