第74話 栞の家族
「あの……私は、栞さんと同じ学校の二年生で……」
とりあえず自己紹介を続けなければ、と当たり障りのないことを口にしても、知っているとばかりに頷かれるだけ。
そしてなにやら、期待に満ちた瞳で見つめられている。
「ねえ、夏鈴ちゃん」
口を開いたのはお母さんだった。
「はい」
「うちの栞と付き合ってるのよね!? 栞からはそう聞いたんだけど……!」
きらきらと瞳を輝かせながら、お母さんがぐいっと近づいてきた。改めて見ると、栞とかなり顔が似ている。
子供が三人もいるとは思えないほどの美貌。きっと栞も、年を重ねたらこんな風になるのだろう。
「……はい。栞さんと、お付き合いさせていただいてます」
「きゃー!」
はしゃいだお母さんが何度も飛び跳ね、栞が得意げな顔で胸を張る。私が想定していたシチュエーションとは全く違って動揺しているけれど、きちんと言うべきことを言わないと。
「あの」
私が口を開くと、急にお母さんが静かになった。
全員の視線を感じながら、ピンと背筋を伸ばす。この状況でおどおどしていたら、栞に迷惑をかけてしまう。
「……不安に思う気持ちは、当然だと思います。でも、栞さんを幸せにできるように頑張ります。進学や就職も、栞さんが安心できるように努力します。だから……」
ぎゅ、と両手の拳を握る。手汗がすごい。でも、ちゃんと最後まで言わなきゃ。
「栞さんとの交際を認めてくれると、嬉しいです」
勢いよく頭を下げる。夏鈴先輩……! と感極まった栞の声が聞こえてきた。
「先輩、そこまで私のことを……!」
勢いよく抱き着こうとしてきた栞を手で制す。嬉しいけれど、今は家族の前だ。
「夏鈴ちゃん」
お母さんがそっと私の肩に手を置いた。その後ろでは、お父さんやお兄さん達が何度も深く頷いている。
「私達家族はね、ずっと夏鈴ちゃんが栞と付き合ってくれるようになる日を待ってたの」
「……はい?」
「栞、家でもずーっと夏鈴ちゃんの話ばっかりで、恋愛相談もよくしてくるのよ。だから私達は全員、今めちゃくちゃ浮かれてるの」
そんなことある?
私と栞は女同士なのに? 付き合ったことを家族に伝えたとは言っていたけれど、前からそんなにオープンだったの?
「それに、夏鈴ちゃんに出会ってから栞は変わったの。勉強も頑張るようになったし、すごく成長していったのが分かって、親としては嬉しいのよ」
お母さんは私の手を握って、にっこりと微笑んだ。
「もしかしたら、心無い言葉を口にする人達もいたのかもしれないけど、私達は違うわ。偏見なんてない、っていう言い方もおかしいわね。もっと、単純な話なの」
握られた手から、お母さんの温かい気持ちが伝わってくる。見守っているお父さんやお兄さん達も、泣きそうになるほど温かい眼差しをしていた。
「栞が大好きだから、栞の恋が実ったことが嬉しいの。栞が幸せそうにしてると私達も幸せなの。それだけ」
同性を好きになることがおかしい、なんて思っているわけじゃない。でも今、いろんな障壁があるのは確かで、だからこそ家族には反対されてもおかしくないと思っていた。
まさかこんなに、温かい言葉をくれるなんて。
「ね、夏鈴ちゃん。お肉は好き? 今日、パーティーをしようと思ってステーキ肉を買ってきたの!」
「わざわざありがとうございます。お肉、好きです」
「ふふっ、実は知ってたわ。栞から聞いてたもの」
お茶目に笑うと、お母さんは器用にウインクをしてみせた。
「今日は夏鈴ちゃんの歓迎パーティーよ! 私達、絶対夏鈴ちゃんを家族にしたいって思ってるから。その気で楽しんでね?」
「は、はい……」
予想外の展開に戸惑っていると、ぐい、とお母さんと繋いでない方の手を引っ張られた。栞である。
「お母さん! いつまで先輩の手握ってるの! 先輩は私の彼女なんだからね!」
「栞、なに言ってるの」
「事実ですもん! 先輩もだめですよ、私以外の手をそんなに長く握ったら!」
「ちょ、ちょっと……!」
嫉妬深い栞は可愛いが、家族にまで嫉妬するなんて。
この状況、どうすればいいの?
「ご飯ができるまで私達、部屋でいちゃいちゃしてるから! ご飯ができたら呼んで。行きましょっ、先輩!」
強引に手を引かれる。背後から楽しそうな歓声が聞こえてきて、私はもう、どんな顔をしたらいいのか分からなくなってしまった。




