第71話 えっちなのは、私だけじゃない?
「見てください! 私、ハンバーグを作ったんです!」
フライパンの中には、美味しそうなハンバーグが四つほど入っている。既にできあがっていて、温めればいつでも食べられる状態だろう。
「しかもこれ、中にたっぷりチーズも入ってますから」
「そうなの?」
「はい! 今日は先輩とのお家デートなので、チートデーってことで!」
ソースも用意済みですよ、と栞が冷蔵庫から小皿を取り出す。
今日はバタバタしていて朝食をとっていないから、腹が減ってきた。
「温めるので、ちょっとだけ先輩は座って待っててください」
「いいの? 手伝えることがあるなら、手伝うけど」
「大丈夫です! 今日は私が先輩をおもてなしするって決めてるので!」
ほらほら、と背中を押され、キッチンが見える位置に置かれた椅子に座る。
栞はエプロンをつけると、ハンバーグを温め始めた。
エプロン姿の栞、可愛いな……。
栞が着用しているエプロンはフリルがついた白いデザインの物で、彼女によく似合っている。
残念なのは、ここからだと後ろ姿しか見えないことだ。
「栞」
少しだけ悩んだ後、私は立ち上がってキッチンへ移動した。栞が振り向くより先に、後ろから彼女を抱き締める。
身長差があってよかった。後ろからでも、栞の顔がちゃんと見える。
目線を下げれば豊かな胸の谷間も見えてしまうわけなのだけれど、もちろんそこも凝視しておいた。
「夏鈴先輩っ!? 座っててって言ったのに……そんなに私とくっついてたかったんですか?」
からかうような声音だけれど、フライ返しを持つ手がわずかに震えている。しかも耳まで真っ赤になっていた。
「うん」
わざと耳元で返事をし、栞の耳に息を吹きかける。すると栞はフライ返しを置いて、抗議するように私を軽く睨んだ。
「夏鈴先輩! 私は今、ご飯を作ってるんですよ? そ、そういうえっちなことしたら危ないじゃないですか! 火も使ってるんですし」
ド正論だ。でも、栞にこうして怒られるのは気分がいい。
「ごめん、つい」
「また先輩はそういう顔をして……私が先輩の顔大好きなの、絶対知ってますよね! もう、本当に先輩は、まったく……」
嬉しさを隠しきれていない声で言うと、栞は再びフライ返しを手に持った。
「ご飯を食べた後はいちゃいちゃを予定してるので、ちょっと待っててください」
「……そんな予定だったんだ」
「……先輩、言っておきますけど」
ソースをフライパンの中に投入し、絡めるようにハンバーグをひっくり返す。
そしてハンバーグを皿に移し終わった後、栞は振り向いて私を見上げた。
「えっちなのは、先輩だけじゃない……かもしれませんからね?」
なにそれ。
その発想はなかった。
顔を真っ赤にした栞が、お米の用意を始める。手伝わなきゃと思うのに、私の脳内ではひたすら先程の言葉が繰り返されてしまう。
えっちなのは、私だけじゃない? それってつまり、栞もえっちだってこと? いや栞はずっとえっちではあるんだけど……。
混乱してなにもできなくなった私を放置して、栞がちゃきちゃきと昼食の準備を進める。
ご飯にしますよ、と笑った栞の顔はまだ、真っ赤なままだった。
◆
「美味しい……!」
がぶっ、と一口噛んだ瞬間、ハンバーグから肉汁がこぼれた。中のチーズもたっぷり入っているし、なにより肉が柔らかい。
やや濃い味付けのソースも、白米にはぴったりだ。
「でしょう? お母さんの得意料理で、私の好物でもあるんです!」
「……本当に美味しい」
「ソースも自家製なんですよ!」
「すごいね」
自分で料理をした経験は数えるほどしかないけれど、今日の手作りのハンバーグとソースに時間がかかることは分かる。
栞の家族は、やっぱり温かいんだろうな。
「私、これからもっとお料理頑張りますね。夏鈴先輩に喜んでもらえるように!」
「私に?」
「はい。ご飯を作って、おかえりなさい! って先輩のこと出迎えるんです。絶対、一緒に住みましょうね!」
大学生になったらですかね、と栞が幸せそうに呟く。栞は当たり前のように、私との将来を考えてくれているらしい。
「そのためにも私、夏鈴先輩と同じ大学に行けるよう頑張りますから」
「応援してる」
栞と二人での暮らしは幸せだろうな、と思う。けれどそれと同時に、少しだけ不安になった。
栞は家族に愛されて、大きな家で、温かいご飯を食べて育った。
誰が採点したって、100点満点の家庭環境だろう。
私はちゃんと、こんな風に栞を大切にできるのかな。
「先輩」
「なに?」
「大好きな人と食べるご飯って、なんでこんなに美味しいんでしょうね!」
屈託のない笑顔に、たまらなく好きだな、と気持ちが溢れそうになる。
本当に栞って、狡い。
「栞」
「はい」
「食べ終わったら、栞の部屋に行きたい」
「はい。元々、その予定ですから!」




