第70話 栞のお家
最寄り駅の改札を出ると、既に栞が到着していた。
両手いっぱいに紙袋を抱えた私を見て、困ったような、けれど嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくる。
「夏鈴先輩、おはようございます!」
相変わらず可愛い笑顔だ。だけどどうしても、顔よりも胸元に視線がいってしまう。
だって今日の栞は、以前ショッピングデートで購入した服を着ているから。
肩や胸元が大胆に出たオフショルのサマーニット。そんなことはないと分かっていても、ずり落ちてしまうのではないかとひやひやする。
「夏鈴先輩、見すぎです」
「……ごめん。つい」
見てない、と言い訳をするのも無理がある。それに私達はもう恋人同士なのだから、ある程度見たっていいはずだ。
栞は、えっちな私も嫌いではないようだし……。
「先輩は、あの時のお洋服じゃないんですね?」
「栞のご家族に会うんだから、ある程度ちゃんとした服がいいかなって」
今日の私は、アイロンをしっかりとかけた白いブラウスに、黒のロングスカートという地味な服装だ。
せっかくのお家デートだからもう少しお洒落をしようかとも思ったけれど、さすがに家族の目を優先してしまった。
「先輩、結婚の挨拶にくるみたいですね?」
「さすがにその時はスーツでくるよ」
「……先輩、あっさりそういうこと言うの狡いです!」
ぷく、と頬を膨らませた栞が、私の腕に抱き着いてくる。いつもよりダイレクトに柔らかさを感じてしまい、頬が緩みそうになった。
「先輩。みんなが帰ってくるのは十八時くらいです。それまでは私と二人っきりですよ」
現在の時刻は午前十一時だ。つまり私はこれから、七時間も栞と二人きりで過ごせる。
しかもこの、ものすごくえっちな服を着てくれた栞と。
「私、先輩のためにお昼ご飯も用意してるんです。手料理ですからね? 私、今日のためにお母さんに教えてもらったんです!」
「ありがとう」
「美味しくできたと思うので、期待しててくださいね! あっ、あと、デザートにケーキも用意してて……」
それからそれから、と栞が早口で喋り続ける。栞も今日のことを楽しみにしてくれていたのが分かって、たまらなく彼女が愛おしくなった。
本当に不思議。
栞のことはとっくに大好きなのに、会うたびにもっと好きになっちゃうんだから。
「ねえ、栞」
「なんです?」
「家に着いたらまず、キスしてもいい?」
急に立ち止まった栞が、真っ赤な顔で私を見つめる。だんだんと潤んでいく瞳が、食べちゃいたいくらい可愛い。
「だ、大歓迎ですけど……」
「それはよかった」
「……先輩、付き合ってからちょっと、大胆すぎるというか。私、このままじゃ身が持たないです……!」
「考えてることは、前から変わってないけどね」
さらっとそう告げると、栞はさらに顔を真っ赤にした。そろそろ限界まで赤くなってしまったんじゃないだろうか。
「夏鈴先輩、本当に狡い……」
栞が唇を尖らせたけれど、どちらかといえば、狡いのは栞の方だと思う。
だって、本音を口にしただけでこんなに可愛い反応をするのだから。
◆
「ここです、私の家!」
予想通り、栞の家はかなりの豪邸だった。大きな車がゆったり3台はとめれそうな駐車場に、広い庭付きの一戸建て。
しかも、庭はきちんと手入れが行き届いている。
「先輩がくるって言ったら、昨日、お父さんとお兄ちゃん達がみんなで草むしりしてたんですよ」
「……気を遣わなくていいのに」
「そういうわけにはいきませんって! あっ、私もお部屋のお掃除は手伝いましたからね!?」
栞が鍵を開けて、玄関の中へ入れてくれた。
ピカピカに磨かれた床はまるで鏡のようだ。
「お邪魔します」
緊張しつつ、靴を脱いで綺麗にそろえる。スリッパに履き替えた瞬間、栞が抱き着いてきた。
「せーんぱいっ、お家につきましたよ?」
「うん」
「まずはキス、ですよね?」
首を傾けて、栞が唇を尖らせる。まだ玄関でしょ、なんて言う必要はない。この家には誰もいないのだから、どこでキスをしても構わないのだ。
「早く。先輩、ちゅーして?」
「……うん」
栞の頬に手を添えて、そっと彼女の唇を奪う。柔らかい唇と、リップのわずかなべたつき。それなりに慣れた感触だけど、きっと私は一生飽きることはないのだろう。
キスをしながら、無防備な栞の首筋を撫でる。びくっ、とほんの少し跳ねた身体に、言葉では言い表せないほどドキドキした。
どうしよう。
私の理性って、今日大丈夫かな……?




