第68話 踏み出す一歩
「え!? せ、先輩のクラス、チャイナドレスになったんですかっ!?」
「出し物は中華カフェ。キャストが着るのがチャイナドレス」
「それでそれで、先輩はキャストですよね、ねっ!?」
塾へ向かう途中に文化祭の話をすると、栞は想像以上の食いつきっぷりを見せた。
裏で手を回してたんでしょ、と言いたくなるものの、嬉しそうな顔を見ていると、あえて指摘するものでもないのかな……という気分になってくる。
「……うん。不本意ながら」
「どうして不本意なんですか。絶対似合いますよ! 先輩、赤のチャイナドレスとか似合いそう! あっ、でも青もいいですよね、いや意外性をとって緑とかも似合うかも……っ!?」
どうしよう!? と栞が頭を抱えてしまった。
私としては特に希望はないから、栞の意見を聞いてから注文することにしよう。
「それより栞のクラスも、もう出し物は決まった?」
「はい! 決まりましたよ! うちのクラスの出し物はメイドカフェです!」
「……キャストだよね?」
「それはもちろん。私がスタッフなんてしたら、みんなが残念がりますよ」
頭の中に、メイド服姿の栞が浮かぶ。
ミニスカートタイプの、メイドカフェでよく見るようなメイド服だろうか。それとも丈の長いクラシカルなタイプだろうか。
他にも、確認したいことはいろいろある。私の口から真っ先に飛び出したのは、中でも最も重要な確認事項だった。
「衣装って、買い取り?」
「……先輩もしかして、えっちなこと考えてます?」
からかうような、照れたような表情で栞が覗き込んでくる。
「ねえ、栞。栞的には、えっちな恋人とえっちじゃない恋人は、どっちがいいの?」
真っ直ぐ見つめると、栞は顔を赤くしてしまった。
あまりにえっちな恋人は、さすがに栞も嫌だろうとは思う。けれど恋人関係にあるのだから、興味がなさすぎるのも問題ではないだろうか。
確認しておかないと分からないよね、こういうことも。
「……それは、その……」
目を逸らしながら、栞が小さい声で答えてくれた。
「……私限定でえっちで、お願いします」
「任せて」
私の口からは、自分でも分かるほど自信に満ちた声が出てしまった。
◆
「き、昨日はいろいろごめんね、天笠さん」
翌日教室へ行くと、岸本さんが私の席にきてくれた。
別に謝られるようなことはされていないと思うけれど、気を遣ってくれたらしい。
「ううん。栞に頼まれただけでしょ、岸本さんは」
「うん。実はその、私の部活の後輩の友達が羽田さんのクラスメートで」
「……結構、繋がり遠いんだ」
直接の知り合いではないだろうと予想していたけれど、そこまで距離があるとは知らなかった。
どうやら栞は、よっぽど私にキャストをさせたかったらしい。
「頼まれたのは私だけど、結局、断りにくい場面で伝えることになっちゃって……もっと事前に言うべきだったって、反省してる。ごめんなさい」
たどたどしい口調ながらも、岸本さんはしっかりと謝ってくれた。
ここまで謝られると、逆に申し訳なくなってくる。
「天笠さん、本当はキャスト、嫌だったりする? 今からでも取り消せないことはないんだけど」
「大丈夫。栞にも、キャストやるって言ったし」
チャイナ服を着て接客するなんて気が進まないけれど、栞の喜ぶ顔を見るためだと思えば耐えられる。
「よかった。あっ、あと、1個、天笠さんに聞きたいことがあって」
「私に?」
「うん。ずっと言えなかったんだけど……クラスのグループLIME、入らない?」
「……え?」
クラスのグループLIMEがあることは知っていた。とはいえクラスの誰とも友達ではない私は招待すらされていない。
なのに今さら、誘われるなんて。
「実はみんな、ずっと天笠さんにも入ってほしいねって話してたの。でも、誘ったら迷惑かなってみんな悩んでて……」
「……話しかけにくくてごめん」
「そ、そういうわけじゃないの! ただ、最近ちょっと雰囲気が変わった気がしてて。だから、よかったらどうかな、って……」
私の雰囲気が変わったのだとすれば、それは間違いなく栞のおかげだ。
だから、こうしてクラスメートに声をかけてもらえたのも栞のおかげ。
「……あのね、うちのクラスの子、結構みんな天笠さんと仲良くしたがってるんだよ?」
岸本さんは穏やかに微笑んで、スマホを差し出してくれた。
私はもともと社交的な性格じゃないし、中学時代の経験のせいで、人と関わることに消極的になってしまった。
でも、一歩踏み出してみても、いいのかもしれない。
「ありがとう。よかったらクラスLIME、入れてほしいな」
私は栞の彼女になったのだ。いつまでも根暗で、まともに他人とコミュニケーションもとれないような人間でいるわけにはいかない。
「本当!? ありがとう、天笠さん!」
「……こっちこそ、誘ってくれてありがとう」
今さら入って大丈夫かな、という不安はある。でも嬉しそうな岸本さんを見ていたら、そんな不安は少しずつ減っていった。
中学生の時、クラスメートと喋れるようになったのはすみれのおかげだった。だからすみれと仲違いした後は、誰とも喋れなくなってしまった。
そもそも私は、すみれ以外のクラスメートにあまり関心を持っていなかった。
でも、今の私は、あの頃の私とは違う。
クラスメートとも、普通に仲良くなれるのかもしれない。
私、今度こそ、本当に変われるのかも。




