第64話 栞は私の彼女だから
「先輩、今日は放課後デートの日ですよ!」
放課後、私の教室にやってきた栞は満面の笑みを浮かべていた。
昨日はツーサイドアップだった髪を、今日は耳の下で二つ結びにしている。短い髪で、必死に頑張ってくれたのが愛おしい。
「うん」
「行きたいところ、いっぱい考えました! カフェとか、ショッピングとか、カラオケとか!」
あとは……と次々に選択肢を口にする栞が可愛い。
動物園や水族館なんていう、今から行くのは少し厳しそうなものも多かったけれど。
「夏鈴先輩は、なにがしたいですか?」
栞と一緒ならなにをしても楽しい。
とはいえ、せっかくデートに行くのに、なにも提案しないのは悪いだろう。
「……そういえばカラオケって、一緒に行ったことないよね」
カラオケ自体は、中学の時に何度か行った。いずれもすみれに誘われて参加したもので、あまり居心地がよくなかったことを覚えている。
店内は騒がしいし、他人が知らない歌を歌っている間は暇だし。
でも、栞となら楽しいはず。
栞の歌は聴きたいし、うるさければそれを口実に密着できるし。
「じゃあ、カラオケに行きましょう! 夏鈴先輩の歌聴くの、とっても楽しみです」
歩きながら、慌てて脳内で歌える曲をリストアップする。
なんだかどれも少し古い気がするけれど、まあいいだろう。
◆
駅前のカラオケは少しだけ混雑していたけれど、10分間待つと入室できた。相変わらず騒がしい場所だが、悪くない。
「夏鈴先輩。もしかして、私と二人っきりになりたくてカラオケがいいって言いました?」
二人しかいないのに、私の真横に座った栞が顔を覗き込んでくる。
「当たりですか?」
ねえ、と甘えるように栞が私の腕に抱き着く。ぐいぐいと胸を押しつけてきているのは、きっとわざとだ。
「先輩。私、素直になってくれたら嬉しいな?」
栞は狡い。世界一可愛い顔面の威力を分かっていて、こんな風に甘えてくるのだから。
「……栞とくっつきたくて」
私の言葉に栞が目を輝かせる。恥ずかしくても、この顔を見せてくれるならいくらでも素直になりたい。
それにきっと、ちゃんと気持ちを伝えてくれる恋人の方がいいよね。
「あと、栞の歌を聴いてみたかった。歌ってるところも、絶対可愛いなって思ったから」
「ちょ、ちょっと先輩! 急に……きゅ、急に、素直になりすぎじゃないですか!?」
待って、と栞が私の肩を両手で軽く押す。いつの間にか、白い頬が苺みたいに赤く染まっていた。
「だってもう、栞は私の彼女だから」
赤い頬に手を伸ばす。栞の頬は温かくて、太陽みたいだなと思った。
「ねえ、栞」
「は、はひ……」
ちら、と横目でドアを確認する。真ん中の部分がガラスになっていて、外から完全に隠れられるわけじゃない。
だけどきっと、ちょっとなら許される。
「キス、してもいい?」
「よ、喜んで……」
そっと栞の唇にキスをする。甘いリップの匂いがした。
「栞。もう一回、してもいい?」
尋ねたのに、返事を聞く前にキスをしてしまった。
強引すぎる恋人は、よくないかもしれないのに。
◆
「かっ、夏鈴先輩、歌、歌いましょう!」
5回ほどキスを繰り返した後、立ち上がった栞が選曲用端末を持ってきた。残念な気もするけれど、栞の歌が聴けるのは楽しみだ。
「栞は普段、どんな歌聴くの」
「そうですね……特にこれ! っていうわけじゃなくて、流行ってるのをいろいろ聴きますけど、アイドルソングが多いかもしれません」
喋りながら、栞は端末に『可愛いだけでいいですか?』という曲名を打ち込んだ。さすがの私でも知っている、最近大流行りのアイドルソングだ。
「私、歌はそんなに上手じゃないですけど、可愛く歌える自信はあります!」
「歌う前から可愛いもんね」
当たり前のことをさらりと口にしてしまうと、栞はまた顔を真っ赤にした。
「今日の先輩は、刺激が強すぎます……」
「嫌だった? どんな恋人がいいか教えてくれたら、最大限努力はするつもり」
栞の好みが一般的な女性のそれと同じだとは限らないし、本人から教えてもらえる方がありがたい。
「わ、私は! 先輩なら、なんでも大好きなので……」
「こうしてほしいとか、ない?」
じっと栞の目を見つめる。徐々に栞の目が潤んできて、目を逸らされてしまった。
「……わ、私は、余所見しないで傍にいてくれたら、それだけで十分で……」
「当たり前のことを言われても、あんまり参考にできないんだけど」
だからもう少し詳しく、と言おうとしたのに、ちょうどそのタイミングで歌が始まってしまった。




