第62話 やっぱり運命!
「採点したの、見せて」
先輩に言われて、数学のノートを渡す。テスト範囲の問題集を解いたノートは、恥ずかしいことにバツ印ばかりだ。
さすがにできてなさすぎるって、呆れられちゃうかも。
先輩に頼んで、今日は塾の自習スペースで勉強を教えてもらえることになった。
自習スペースは、自習室と違って会話が許可されている場所なのだ。
「こことここ、同じようなミスしてない?」
先輩がシャーペンで指したのは、私が苦手な一次関数の問題だった。
「……す、すいません」
「謝らなくていいけど。苦手なの?」
「はい。だ、だってその……式がグラフを表してるって、なんか意味分からなくないですか!?」
数学は全体的に苦手だけれど、特にグラフの問題は苦手だ。
頭の中で、数式とグラフが上手く結びついてくれない。
「そう? グラフって結局、点の集合体って考えたら納得いかない?」
「……点の集合体?」
「うん。たとえば、y=3x+3の式だと、xが2の時、yはなに?」
「……9です」
「だね。じゃあ、xが4の時は?」
「15です」
私が答えると、先輩がさらさらとノートにグラフを描いてくれた。定規なんて使っていないのに、先輩が引いた線は真っ直ぐだ。
「今答えてもらったのはここと、この点。でも、実際には他にもいろんなxを当てはめることができるでしょ。整数じゃなくたっていいし、キリがない」
「はい」
「キリがないけど、でも、ここには無数の点があるの」
分かるかな、と言いながら、先輩がいくつもの点をグラフに書き足していく。点が密集すると、確かに線に見えてきた。
とはいえ、なるほど完全に理解した! とはすぐになれない。
でも、先輩が必死に説明しようとしてくれていることは分かる。
「先輩、ありがとうございます」
「伝わるといいんだけど」
「なんとなくかもですけど、伝わりました!」
頷くと、夏鈴先輩が嬉しそうな顔をしてくれた。可愛い。
「よかった」
満足そうな表情で先輩が自分の勉強に戻る。一瞬で集中モードに入れるんだから、やっぱり先輩は凄い。
「あの、先輩」
邪魔して申し訳ないと思いつつ、先輩に声をかける。だって仕方ない。私、先輩ともっと話したいんだもん。
「先輩は勉強、好きなんですか?」
「好き、ってわけじゃないかな。嫌いでもないけど」
勉強が嫌いではないというだけで、十分珍しい気がする。私がじっと先輩を見つめると、先輩は続きを話してくれた。
「……知らないことを知るのは、結構楽しいと思う」
「知らないこと……」
「うん」
よく分からない。でも、先輩が素敵なことは分かる。私は身を乗り出して、両手の人差し指で自分の頬を指差した。
「じゃあ夏鈴先輩。私のことも、もっと知ってみるのはどうですか?」
首を傾けて、とびきりあざとい笑みを浮かべる。先輩はぽかんとしているけれど、嫌がってはいないような気がした。
「私は先輩にもっと知ってほしいですし、私も、先輩のことをもっと知りたいです」
「……どうして?」
「その理由も、先輩は知りたいですか?」
立ち上がって、先輩の正面の席から、隣の席に移動する。
ぐいっ、と距離を詰めると、先輩の顔がほんのちょっとだけ赤くなった。
「教えてあげるので、代わりにまた、こうやって勉強を教えてくれませんか?」
お願いします、と頭を下げると、先輩はすぐに頷いてくれた。
分かっていたことだけれど、先輩はやっぱり押しに弱い。
「やったー! これからも二人だけの勉強会、いっぱいしましょうね!」
これでいつでも先輩と話す口実を作ることができる。もちろん、本当に勉強をする気もあるのだけれど。
「じゃあ次は、私が教える番ですね」
先輩は背が高いけれど、そのほとんどが足だ。だからこうして隣に座っていると、それほど身長差はない。
じっと先輩の目を見つめる。先輩の目は少し潤んでいて、照明の光を反射してきらきらと輝いていた。
夏鈴先輩って、本当に綺麗。
「私が先輩のこと、好きになっちゃったからです!」
先輩の白い頬がゆっくりと赤く染まっていく。動揺したようにまばたきを繰り返すせいで、長い睫毛が何度も揺れた。
「……なに、それ」
「そのまんまの意味ですよ、先輩」
女同士だし、いきなりだし、先輩はきっと本気にはしてない。
私も、今ここでこれが本気の告白だと告げるつもりはない。
だけど。
私が本気だって伝わるように、これから全力でアピールしてみせる。
「なので、先輩、覚悟しておいてくださいね。私、こう見えて一途なんです!」
真っ赤な顔のまま、先輩は俯いてしまった。顔を覗き込もうとしても、髪の毛で隠されてしまう。
可愛い。綺麗。好き。大好き。
絶対これは、運命に違いない。
先輩のこと、早く独占しちゃいたいな。




