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【百合】天笠夏鈴は堕とされたい~健気で一途な後輩に堕とされる百合の話~  作者: 八星 こはく
幕間2(羽田栞視点・中学時代回想含む)

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第61話 一番綺麗

「……はあ」


 渡されたばかりの模試の結果を見ながら、そっと溜息を吐く。

 受けた時点で薄々分かってはいたけれど、かなり悪い。


 夏鈴先輩は模試でも、いつも成績いいって言ってたな……。


「いやいや、これからだし」


 模試を受けたのは1ヶ月くらい前だ。だからこれは今の私の実力じゃなくて、1ヶ月前の私の実力。

 今の私なら、きっともっといい点数がとれるはずだ……たぶん。


 成績表をファイルの奥底にしまいこみ、勉強に集中する。夏鈴先輩の授業が終わるまでの間に、少しでも勉強を進めておかないと。


 夏鈴先輩って、やっぱり頭がいい人が好きなのかな。

 自分より頭よくないと嫌! みたいなレベルだったら、かなり厳しいんだけど……。


 勉強は昔からあんまり好きじゃない。だけど、やらなきゃいけないことはさすがに分かってる。高校受験からは逃げられないもん。


 よし! 頑張って夏鈴先輩に褒めてもらうことをモチベに頑張っちゃお!





 自習室の扉が開いて、夏鈴先輩が中に入ってきた。

 相変わらず、夏鈴先輩は他の人と違って輝いて見える。

 夏鈴先輩はきょろきょろと視線を動かし、私を見つけてくれた。目が合った瞬間に、わずかに夏鈴先輩の顔が緩む。


 うっ! やばい。美人すぎ。可愛すぎ。心臓に悪すぎ……!


 夏鈴先輩は静かに近寄ってくると、私の前で立ち止まった。周りを気にしながら、そっと私の耳元に口を寄せる。


「羽田。おまたせ」


 うわ、先輩の声、よすぎない……!?


 女の子にしては少し低めの凛とした声は、やっぱり夏鈴先輩が特別だってことを示している気がする。

 きっと女神様っていうのは、夏鈴先輩みたいな見た目で、夏鈴先輩みたいな声をしているのだろう。


「は、はい、待ってました……」


 頬が熱くなっていく。鏡で確認しなくたって、顔が真っ赤になったことが分かった。


「に、荷物、すぐまとめますので」

「急がなくてもいいけど」

「いえ、先輩を待たせるわけにはいきません」


 慌てて荷物をまとめ、鞄を肩にかける。自習室を出る瞬間、みんなが私達を見ていた。


 夏鈴先輩が誰かといるところなんて、見たことないからだろうな。

 私は先輩とご飯の約束もしてるんだって、大声で自慢しちゃいたい。





「え? 夏鈴先輩って、わざわざ乗り換えまでしてここにきてるんですか?」


 同じ塾に通っているのだから、それほど遠くに住んではいないだろう、と思っていた。しかし先輩は、わざわざ1時間近くかけてこの塾に通っているらしい。


「……評判がいいって、お母さんに言われたの」

「へえ! 私も母親にそう言われたんですけど、そこまでだったんですね。ていうか、わざわざ遠くからくるなんて、先輩偉すぎません!?」


 駅までの帰り道、先輩と他愛ないことを話しながら歩く。主に喋っているのは私ばかりだけれど、先輩もそれほど無口だというわけではない。

 なんていうか、すごく居心地がいい。


「先輩、ただでさえ頭いいのに」

「……ちょっと勉強が得意なだけ」

「先輩がちょっとだったら私が困っちゃいます! こういう時は、堂々と自慢していいんですからね?」


 私がそう言うと、先輩は目を逸らして頷いた。

 不思議だ。こんなに美人で頭までいいなんて、私だったらめちゃくちゃ自慢しまくるのに。


「私は成績、かなり悪いんです。小テストだって毎回不合格だし」

「やり方が合ってないだけじゃない? やり方を変えてみたら上手くいくこともあると思うけど」


 先輩の返しに、私はつい足を止めてしまった。

 羽田? と先輩が不思議そうに首を傾げる。揺れた髪からは、なんの匂いもしなかった。


「……先輩は、私が勉強してないからだって思わないんですか?」

「どうして? 羽田、普通に勉強してるんでしょ?」


 先輩は私の目を真っ直ぐに見つめて、一度だけまばたきした。

 長い睫毛が揺れる。夕陽を浴びた先輩は、やっぱり特別に輝いていた。


「勉強してないなら、成績が悪くても気にしないと思って。ちゃんとやってるのに結果が出ないから、羽田は悩んでるんじゃないの?」


 私は別に、悩んでいるなんて言っていない。愚痴っぽくならないように、明るい口調で言ったつもりだ。


 なのに先輩、私が悩んでるって気づいてくれたの?


「羽田?」

「……な、なんでもないです」


 嬉しいとか、ありがとうとか、先輩に伝えたい言葉はたくさんある。だけどたくさんありすぎて、急には言葉が出てこなかった。


「あの、夏鈴先輩。よ、よかったら、なんですけど」

「なに?」

「私に勉強、教えてくれたりしません……?」


 先輩の手をぎゅっと掴んで、先輩の顔を見上げる。先輩の目に映った私は、見たことないくらい必死な顔をしていた。


 先輩に拒まれたくない。嫌われたくない。だけど、もっと近づきたい。


 初めてだらけの心に、まだ脳が追いつけない。それでも今、先輩の手を放しちゃいけないことはなんとなく分かる。


「夏鈴先輩、お願いします」

「……別に、いいけど」

「本当ですかっ!?」


 飛び跳ねて喜ぶと、先輩が目を丸くした。


「私、先輩が教えてくれたら、すっごく頑張れる気がします! 100点どころか、120点くらいとれちゃうかも!」


 なにそれ、と笑った先輩の顔は、私が人生で見てきたものの中で、一番綺麗だった。

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