第58話 幸せな朝
「おはよう、みんな」
私がリビングへ行くと、お母さんもお父さんもお兄ちゃん達も、みんなが目を丸くした。
そして全員が壁にかかった時計とスマホで時間を確認し、私の顔を見つめる。
「……私が早起きしたの、そんなに珍しい?」
全速力で頷かれたら、突っ込む気にもなれない。
まあ、普段は私がこんなに早く起きることなんてないもんね。
私の家族は、基本的に私以外はみんな早起きだ。お父さんは出勤が早いし、お母さんはみんなのお弁当を朝から作ってくれる。
お兄ちゃん達は部活の朝練があったりして、小さい頃から早起きの習慣が身についているのだ。
「そうだ。お母さん、今日髪の毛結んでみたんだけど、変じゃないかな」
キッチンに立つお母さんの隣に立って、顔を覗き込む。
髪が短い私は滅多に髪の毛を結ばないのだけれど、今日は頑張ってツーサイドアップにしてみた。黄色と白のリボンもつけて、我ながらめちゃくちゃ可愛いと思う。
「とっても可愛いけど……今日、なにかあるの?」
「えー? なんだと思う?」
にやにやしながら聞き返すと、リビングにいたお父さん達も集まってきた。みんな、可愛い私が浮かれてる理由が気になるんだよね。
「夏鈴ちゃん関係でしょ」
「……お母さん、なんで分かるの?」
「栞がこんなに浮かれてるの、夏鈴ちゃん関係しかあり得ないもの」
お母さんの言葉に、家族全員が頷く。もちろん正解だ。
だって私、昨日から夏鈴先輩の彼女になったんだもん!
昨日は情緒がジェットコースターすぎて、頭がおかしくなるかと思った。
夏鈴先輩がすみれとかいう憎い女に会うって知った時は絶望で大泣きしそうになったし、どうしても我慢できなくなって結局あとをつけちゃったし。
あの女が先輩の手を握ってるのを見た瞬間、怒りで全身が沸騰した。あり得ないでしょ、普通に!
でもその後、先輩が私に告白してくれて、ようやく先輩の彼女になれて……!
やばい。嬉しすぎ。幸せすぎ。絶対今、宇宙で一番私が幸せ。
「栞?」
「あっ、いけない、幸せすぎて……!」
「それで、なにがあったの?」
「私、夏鈴先輩の彼女になったの!」
大声で宣言すると、うおおーっ! と二人の兄がまず歓声を上げた。お父さんは目頭を押さえて俯き、お母さんは満面の笑みを浮かべている。
私が夏鈴先輩を大好きなことを、家族はかなり前から知っているのだ。
「ついに……ついに!? 栞、本当におめでとう」
お母さんが私の両手をぎゅっと握る。お父さんが、私の右肩に手を置いた。
「栞。……幸せになるんだぞ」
「うん。安心して。夏鈴先輩と一緒なら、幸せにしかなれないから」
女の人を好きになったことを家族に報告する———という心理的ハードルは、私には一切なかった。
だって、普通に好きになっただけだもん。性別なんて、どうでもよくない?
それに私の家族はみんな、夏鈴先輩に感謝しているのだ。
夏鈴先輩のおかげで私は勉強を頑張るようになったし、夏鈴先輩のおかげで今の高校に入学することができたから。
「というわけで今日は、夏鈴先輩の彼女として、いつも以上にお洒落をしてみたってわけ!」
にっこり笑って、ピースサインをしてみせる。
可愛い……! と呟いたみんなが、私の写真撮影を始めてしまった。
◆
「せーんぱいっ、おはようございます。栞ですよ? 先輩の栞。先輩だけの栞です」
校門で待ち伏せを始めて10分で、夏鈴先輩に会うことができた。
いつもと違う髪型の私を見て、夏鈴先輩がほんの少しにやける。
夏鈴先輩って、結構分かりやすいんだよね。
「先輩。今日の私、どうですか?」
「今日も、可愛い」
噛み締めるように言ってくれた先輩の腕に抱き着いて、ぐいっ、と胸を押しつける。
えっちな夏鈴先輩は、こういう攻撃に弱いのだ。
……っていうことに、もっと早く気づけてたらよかったんだけど。
「夏鈴先輩。今日、塾が終わったら自習室でちょっとだけ一緒に勉強してから帰りません?」
勉強なんて嫌いだったけど、先輩と一緒にする勉強は好きだ。
集中している時の先輩の横顔も大好きだし、真剣に私に教えてくれる時の顔も声も大好き。
先輩との勉強は、私にとってご褒美でしかない。
「いいよ」
「やったー! 私、先輩に教えてほしいところ、ためてるんです」
先輩の腕にくっついたまま、靴箱までの道のりを歩く。
みんなに見られているのは、私が可愛くて、先輩がすっごく綺麗だから。
ああ、言いたい。今すぐここで叫んじゃいたい。
この宇宙一綺麗な人が、私の彼女なんだって!
「ねえ、先輩。私、最高に幸せです!」
先輩を好きになってよかった。先輩のこと、諦めなくてよかった。
先輩を好きになった日の私に、とびきり幸せな未来があるんだってこと、教えてあげられたらいいのに。
先輩を好きになった日のことを、私は今でもはっきりと覚えている。
すごく特別なことがあったわけじゃない。きっとありふれた出会い。
だけど私には、あれが運命だったんだって、ちゃんと分かったんだ。




