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【百合】天笠夏鈴は堕とされたい~健気で一途な後輩に堕とされる百合の話~  作者: 八星 こはく
第2章 栞は、世界で一番私のことが好き

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第57話 夢みたいな幸せ

「わっ! これめちゃくちゃ美味しいです! お母さん、料理の天才とかですか!?」


 唐揚げを一口食べるなり、栞はきらきらと瞳を輝かせて言った。


「本当に美味しいです! いくらでも食べられちゃいそうで……白米との相性もよすぎて、ダイエット中なのにたくさん食べちゃいます!」

「本当? いっぱいあるから、どんどん食べてね」

「はい! ありがとうございます!」


 同じ食卓に母親と栞がいて、栞がもぐもぐと母の料理を頬張っている。

 しかも栞は、見たことがないほどの食いっぷりだ。普段は、こんなにご飯を食べることはないのに。

 少し余所行きモードの栞は、いつもより背筋を真っ直ぐに伸ばして座っている。私の母に好かれようと頑張っているのかと思うと愛おしい。


「いつも、夏鈴と仲良くしてくれてありがとうね」


 しみじみと母親が言うと、栞は食事の手を止めて笑った。


「いえ! 夏鈴先輩のことが好きなので、とっても仲良くさせてもらってるだけです!」


 とっても、という部分にかなりの圧を感じた。

 母親から見えないように、テーブルの下でそっと足を絡めてくる。


 ……なにこれ。可愛いすぎる本当に。


 にやけた顔を母にも栞にも見られたくなくて、私は不自然すぎるほど俯いてしまった。





「じゃあ先輩、また明日! お母さん、本当にお世話になりました!」


 栞は私には満面の笑みで手を振って、お母さんには腰を直角に曲げてお辞儀をした。

 夕飯を食べ終わった頃、栞の母が家まで迎えにきてくれたのだ。


「栞ちゃん、本当に元気いっぱいな子ね」


 栞が帰ると、母が嬉しそうに呟いた。うん、と頷いた後に会話が続かないのは、私達が互いに無口だからではない。

 なんだか気恥ずかしかったからだ。


「栞ちゃん、同じ学校になってくれて本当によかったわねぇ」

「……うん」

「いい子だし、またいつでも家に呼んでいいからね」

「……うん」


 会話が再び途切れる。もう一度、本当にいい子ね、とお母さんが呟いた。


「ねえ、お母さん」

「なに?」

「私、今日すみれと会ってきた」


 一瞬、時が止まったかと思った。

 お母さんは目を丸くし、そして、なんとも言えない表情でじっと私を見つめる。すみれの名前を私が出すのはずいぶんと久しぶりだ。


「どうして?」

「……謝りたい、ってすみれが言ってたから」


 お母さんはゆっくりと息を吐くと、急に泣きそうな顔になってしまった。

 すみれと仲違いをしてから私は、家でもずっと落ち込んでいた。口数が極端に減って、上手く笑えなくなって、ふとした瞬間に泣いてしまって。

 その度にお母さんは私を抱き締めてくれたり、頭を撫でてくれたり、好物を用意してくれた。

 すみれが恋愛的な意味で好きだったことも、お母さんはなにも言わずに受け入れてくれた。


「また友達になろうとも、言われて」

「夏鈴はなんて答えたの?」

「……答える前に、栞がきてくれた。あり得ないってすみれに怒鳴って、水をかけたの」


 えっ? と声を出した後、お母さんは声を出して笑った。


「栞ちゃん、最高じゃない」


 お母さんはすみれのことが大嫌いだ。私とすみれが仲良くしていた頃は、お母さんだってすみれのことを好意的に思っていたはずだけれど。


「あんな子となんてもう友達にならない方がいいわよ。栞ちゃんがいるんだから」


 お母さんは薄々、私が栞に抱く感情が友情ではないことに気づいているのかもしれない。

 その上でこう言ってくれているのだと思うと、胸が熱くなった。


「私、栞ちゃんは大好きよ。だってあの子、夏鈴のことをすごく好きでいてくれるんだもの」

「……お母さん」

「分かってると思うけど、私は夏鈴が大好きなんだからね」


 母の顔が真っ赤になっていく。目を逸らした母は、洗濯しなきゃ! と逃げてしまった。





 23時過ぎ。部屋で宿題をしていると、すみれからメッセージが届いた。


『今日はありがとう。あの子と、幸せにね』


 それだけだ。栞から水をかけられたことにも、私に友達になろうと言ったことにも、全く触れられていない。


 栞のこと、恋人だなんて伝えてないのに。


 そっと息を吐いて、メッセージを入力する。


『私、すみれにはもう会えない。でも、元気でね』


 許す、とも、許さない、とも送れなかった。私の心の中には両方の気持ちがあって、どちらかを選ぶことはできなかったから。

 メッセージを送るとすぐに既読がついた。でも、返事は返ってこない。それでいい。

 スマホを再び机の上に置こうとしたら、栞から電話がかかってきた。


『先輩!』

「どうしたの? なにかあった?」

『最愛の恋人の声が聞きたくなっちゃったんです』


 なんとも可愛らしいことを言って、栞は幸せそうに笑った。どうやら、特になにか用があったわけではないらしい。

 私達はもう、用事がなくたっていくらでも電話ができる。だって私達は、恋人同士だから。


『夏鈴先輩。好きです。大好き。めちゃくちゃ好きです』

「……ありがとう」

『先輩も言ってください。私が大好きだって!』

「栞が大好きだよ」

『えへ、ふふ……』


 電話越しに愛を囁き合うのは、なかなかに照れくさい。けれどそれ以上に幸せだ。


『夏鈴先輩、私、これからも頑張りますね』

「なにを?」

『先輩にもーっと好きになってもらえるように! 先輩にはずっと、私を大好きでいてほしいんですもん』


 大変だ。私はもうとっくに栞のことが好き過ぎるのに、栞はさらに私を落とすつもりらしい。


『ね、先輩。もうちょっとだけ電話しててもいいですか? 勉強の邪魔にならないように、あと5分くらいでいいですから』

「10分……いや、20分くらいなら平気」

『わーい! 先輩、ありがとうございます!』


 本当はずっと栞と喋っていたい。でもそれは我慢だ。

 明日になればまた栞に会えるし、栞に触れることもできる。たぶん、キスだってできる。

 栞との幸せな未来は、きっとまだまだある。


 目を閉じて、そっと息を吐く。夢みたいな幸せに、私はちょっとだけ泣いてしまった。

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