第54話 待たせてごめん
私のことを大好きだと言いながら、栞が声を上げて泣いている。たまらなく愛おしくなって、彼女をぎゅっと抱き締めた。
華奢な栞の身体は小刻みに震えている。強引に目を合わせると、栞の涙は勢いを増した。
「馬鹿馬鹿、先輩の馬鹿……!」
「……ごめん」
「わっ、私がっ! どんな気持ちで今日、先輩を見送ったか分かってます!?」
信じていると栞は言ってくれた。でもきっと、不安だったはずだ。だからこうして栞は、わざわざ私の後をつけてきたのだろう。
「……本当は、ああやって出ていくつもりなんてなかったんです。でも、先輩が、夏鈴先輩が頷いたらどうしようって、またあの人と夏鈴先輩が仲良くなっちゃったら、私……!」
栞がこなくたって、私はすみれと友達に戻るつもりはなかった。でもそんなことを口にしても、言い訳に聞こえてしまう気がする。
呼び出されるがままにここへきて、泣きながらすみれの話を聞いていたのは事実だから。
「夏鈴先輩。私、あの人が許せないんです。先輩のこと傷つけたくせに、ずっと、ずーっと先輩の心の中にいてっ! 今さら仲直りしたいとか言って、先輩も話を聞いて……」
ぽかぽかと栞が私の胸を叩く。全く痛くないのは、栞が手を抜いてくれているからだ。
「狡い、私、羨ましいんです、あの人のこと……!」
狡い、狡いと繰り返しながら栞が泣く。まるで、おもちゃを買ってもらえなかった子供みたいに。
「あの人は、私が欲しいものを持ってるのに、なんで……」
そっと手を伸ばし、栞の涙を拭ってやる。こんな状況なのに、目が合うと栞はわずかに頬を赤く染めた。
「栞」
「……先輩、怒ってます?」
「怒る? どうして私が?」
「私があの人に水をかけて怒鳴ったから。私が、あの人に……先輩が好きだった人に、嫌なことしちゃったから……」
怒ってないよ、と栞の背中を撫でる。こんなに愛おしい子を怒るなんてあり得ない。栞は私の代わりに怒ってくれたのに。
友達に戻ろう、という誘いを断ることはできても、私にはすみれを怒鳴りつけることはできなかっただろう。
彼女を好きだった日々が、どうしても私の中からは消えないから。
「……夏鈴先輩。私のこと、嫌いにならないで。私、本当に夏鈴先輩が大好きなんです。だからあの人が許せなかったし、だから不安で、後もつけちゃって……」
「ならないよ。なるわけない」
私が栞を嫌いになるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。
100年後だって、1000年後だって、地球が滅びた後だって、きっと私は栞のことが大好きだ。
「ねえ、栞。どうして今日、行かないでって言わなかったの?」
栞にそう言われていたら、きっと私はここへこなかっただろう。
でも栞は言わなかった。信じているという言葉で私を送り出してくれた。
「……夏鈴先輩が、行きたいんだろうなって思ったから」
私のことが大好きだから不安で、だけど、私のことが大好きだから私を送り出してくれた。
栞はいったい、どれくらい私のことが好きなんだろう。
「聞いて、栞。私、今日はすみれの謝罪を聞きにきただけなの。すみれに未練なんて、一切ない」
「……本当に?」
「本当に。もう会えないって、ちゃんとすみれにも連絡する」
不安にさせたのは私の責任だ。全部私が悪い。
栞はずっと、真っ直ぐにぶつかってくれていたのに、臆病な私はなかなか向き合うことができなかった。
「ごめんね、栞」
優しく頭を撫でて、彼女の頬に触れる。大泣きしたせいで瞼は腫れ、マスカラが落ちて目元が黒く汚れていた。
いつも私には最高に可愛い姿を見せようとする栞が、顔がぐちゃぐちゃになるほど泣いている。
「……それ、なんに対しての謝罪ですか」
「いろいろある。本当に、いろいろあると思うんだけど……」
すう、と息を吸い込む。情けないことに、ほんの少しだけ身体が震えた。
「栞。今までずっと、待たせてごめん」
ぱち、と栞がまばたきした。一瞬できらきらと輝き出す瞳は、まるで太陽のようだ。
眩しくて、綺麗で―――なくなったら、生きていけない。
「好きだよ。栞のことが好き」
「……夏鈴先輩」
「だから、私と付き合って」
先輩! と叫びながら、勢いよく栞が抱き着いてくる。足に力を入れて、なんとか転ばずに耐えた。
「夏鈴先輩! 今っ、今、付き合うって言いました!? 言いましたよね!? ろ、録音とかしてないですけど、言いましたよね!?」
「言ったよ」
「夢でもないですよね!? か、夏鈴先輩が、私のこと……」
白い頬が一瞬で真っ赤に染まっていく。栞は両手で頬を包むと、夢みたい……とうっとりした表情で呟いた。
「今さら取り消したりとか、無理ですからね?」
「そんなのしない」
「う、浮気とかしようとしたら、キス写真ばらまきますからね?」
「しないよ。栞しかいない」
ぶわっ、と栞の目からまた涙があふれてきた。拭っても拭っても、全く涙がとまる気配はない。
「どうしましょう、先輩。私……幸せすぎて、死んじゃうかもしれません」
「それは困る。栞がいないと、私は生きていけない」
「……な、なっ、せ、先輩、あっ、う……」
まともに喋れなくなってしまった栞は、言葉じゃ言い表せないほど可愛い。
「ねえ、栞。返事は? 私と、付き合ってくれる?」
返事なんて分かってる。それでも、栞からちゃんと聞きたい。
「当たり前じゃないですかっ! 絶対一生、別れてなんてあげませんからね……!」




