第53話 先輩の馬鹿!
食事が届いた後も、私達は箸に手を伸ばさずに話を続けていた。騒がしいファミレスの中で、私達の席だけが異質な雰囲気を放っている。
「……知ってると思うけど、初めてできた彼氏とはすぐに別れたし、その後も、いろんな人と付き合って別れた。ついこの前も、また彼氏と別れたの」
すみれの恋愛話を聞くのは大嫌いだったはずだ。でも今は心が凪いでいる。あの頃のような気持ちにはもうならない。
「いろんな人がいた。口先だけの人も、いい加減な人も、アタシのことなんて見ようとしない人も。……その度に、夏鈴を思い出した」
「……私を?」
「そう。アタシを本当に好きでいてくれたのって、夏鈴だけじゃんって」
すみれが付き合ってきた男のことなんて知らない。だけど私が本気ですみれを好きだったことは事実だ。
気持ちの強さで誰かに負けていたはずがない。
「でもあの時は、そんなこと分からなかった。いきなりで驚いたし、アタシにないものを全部持ってるような夏鈴が、アタシを好きだなんて……なんか、すごく苦しくなったの」
すみれは自分の気持ちを言葉にするのが得意なタイプではなかった。それなのに今、すみれは必死に言葉を探して、私に気持ちを伝えようとしてくれている。
もっと早くこんな時間が訪れていたら、私は泣いてすみれに縋ったかもしれない。
「身勝手な嫉妬でいっぱい傷つけて、本当にごめん。でもアタシ、夏鈴がまたアタシに会ってくれて嬉しかった」
手の甲で涙を強引に拭って、すみれが笑顔を浮かべる。私が大好きだった、太陽みたいに眩しくて明るい笑顔だ。
「ねえ、夏鈴。もう一個だけ、言いたいことがあるんだけど」
「……なに?」
「アタシとまた、友達になってくれないかな」
すみれの声は震えていた。でも、真っ直ぐに私を見つめたまま。
「夏鈴と一緒にいた時、辛かったけど……でも、やっぱり楽しかったの」
すみれは変わった。それほど長い時間は経っていないけれど、きっとすみれはいろんな経験をして大人になったのだろう。
だから冷静に過去を振り返って、自分の幼さを反省して、私にまた向き合うことを選んだのだ。
「都合がいいこと言ってるって分かってる。でも……」
頭の中に、すみれと過ごした日々が走馬灯のように流れた。
すみれのおかげで学校に行くのが楽しくて、休みの日に誘われた時は浮かれて。
あの時私は、すみれのおかげで幸せだった。
「……すみれ。私は……」
彼女はただ、友達に戻ろうと言ってくれただけ。私のことが好きだとか、そういう話じゃない。
昔だって私達は結局、友達でしかなかった。
『私は先輩のこと、信じてますから』
いきなり、頭の中で栞の声が再生された。きっと栞は、私とすみれが会うだけでも嫌だろう。もし私とすみれが友達に戻ったら、栞はもっと嫌な気持ちになるはずだ。
私は、すみれのことが大好きだった。
あんなことになったけど、すみれのことを嫌いにはなれない。
でも―――。
私が一番大切にしたいのは、もうすみれじゃない。
覚悟を決めて口を開こうとした瞬間、すみれの頭上から大量の水が降ってきた。
いきなりびしょぬれになったすみれが目を丸くしたのと、聞き慣れた声が店内に響いたのは同時だった。
「貴女、意味わかんないくらい都合がいいこと言ってる自覚、あります!?」
空になったコップを片手に持った栞が、すみれを睨みつけている。いつの間にか栞はすみれの後ろにある席にいて、上から水をかけたのだ。
全然、気づかなかった。
栞は立ち上がり、私達のテーブルに移動してきた。彼女の顔は、見たことがないほど怒りに染まっている。
「ぺらっぺらぺらぺら気持ちよさそうに自分語りしちゃってましたけど! 結局、身勝手な理由で夏鈴先輩を傷つけたくせに、他の誰からも大事にされないから先輩のところに戻ってきたいって話ですよね、それ!?」
コップをテーブルに叩きつけると、栞は私の手を強引に掴んで立ち上がらせた。
私の前に立って、再びすみれを睨み始める。
「優しい夏鈴先輩が言えないようなので言ってあげますけど! 今さら友達に戻るとか、絶対あり得ませんから!」
息継ぎもせずに叫び終えると、栞はすみれの飲みかけの水が入ったコップを手にとった。そして、既にびしょぬれなすみれにまた水をかける。
「貴女は夏鈴先輩を傷つけたんです! 謝ったくらいで、罪が消えるわけないでしょ!?」
いつの間にか、栞は叫びながら泣いていた。状況が理解できていないすみれは、口を半開きにして栞を見つめている。
「反省したって、後悔したって、貴女がやったことは一生変わらないんです! 理由なんて関係ないんですよ!」
栞は鞄を開くと、財布の中から千円札を二枚取り出した。
「これ! 夏鈴先輩の分です。ご飯がもったいないので貴女が全部食べて帰ってください。お金は私が払いますけど。貴女なんかに、夏鈴先輩に奢ってほしくないので」
強引に千円札をすみれに押し付けると、栞は私の手を掴んで歩き出した。状況を上手く把握できないまま、栞に連れられてファミレスを出る。
店の外は、まだ暑かった。
「先輩の馬鹿! 夏鈴先輩なんて……」
栞は私の手を放すと地面にしゃがみ込み、両手で顔を覆って泣き始めた。
「先輩なんて、先輩なんて……大好き……!」




