第50話 結末は決まってるんです
「夏鈴先輩」
昼休み、いつもの場所で一緒にご飯を食べるのは一学期となにも変わっていない。
変わったのは、栞と私との距離だ。
「もっとくっついちゃっていいですよね。ねっ?」
質問というより宣言で、栞は私の返事を聞くよりも先に私との距離を詰める。もちろん私が拒むわけはないのだけれど。
私の恋愛対象に女性が含まれることも、私が栞をそういう目で見ていることもバレた結果、栞は前よりも大胆なアピールをするようになったのだ。
「くっついて食べた方がお昼ご飯も美味しいですね、夏鈴先輩」
「……食べにくくはあるけど」
「またまたぁ。素直じゃないこと言ったって、先輩が喜んでるのは私にはバレバレですよ?」
栞が私の左腕を抱き締めた。両胸にしっかりと私の左腕を挟んで、栞が幸せそうな顔で笑う。
こういう時、どんな顔をすれば正解なのだろうか。
前までと違って、内心私が喜んでいることが栞にバレてしまっているのだ。
クールぶってみたところで、栞に笑われるだけだろう。
―――だったら。
ぐい、と私はあえて左腕を動かしてみた。より深く、栞の胸に沈みこむように。
「夏鈴先輩?」
返事をする代わりに、ぐいぐいとまた腕を動かす。栞は頬を真っ赤にすると、立ち上がって私から離れた。
「せっ、先輩……!」
「なに?」
「ここ、学校なんですけど!」
「栞が腕を組んできただけでしょ。私はただ、ちょっと腕を動かしただけ」
なにか悪かった? と開き直って聞いてみる。
栞はなにも言わない。その代わりに、もう一度私の左腕を抱き締めた。
「問題ないので、お好きなだけどうぞ、夏鈴先輩!」
赤くなった頬を髪で隠すように俯いた栞。ほんの少しだけ震えているように見える彼女の腕。
……これは、まずい。
今までだって何度も、私は栞によって理性崩壊の危機に追い詰められてきた。なんとか堪えていたけれど、そろそろ限界を迎えてしまうかもしれない。
「……私は、夏鈴先輩がしたいことなら、なんでもしますから」
耳元で栞が囁く。恥ずかしそうな栞の声が、余計に私を興奮させてしまう。
「どうします、先輩。本当は直接、触りたいんじゃないんですか?」
栞が私の手を掴んで、ブラウスの下に誘導してくる。ちょっとでも自主的に手を動かせば、栞の胸に直接触れることができるだろう。
しかも栞だって、私のことを誘っている。
「……だめ」
全身にある理性をなんとか脳に集中させて、栞の手を放す。栞は残念そうに唇を尖らせると、なんでですか、と不満を口にした。
「もしかしたら人がくるかもしれないし」
今は二人きりだけれど、ここはただの空き教室だ。いつ誰がきたっておかしくない。そんな状況で、栞といかがわしいことに及ぶわけにはいかないのだ。
「夏鈴先輩の意気地なし」
からかうように言うと、栞は背後から私に抱き着いてきた。しかも当たり前のように、私の背中にぐいぐいと胸を押しつけてくる。
「……なにしてるの」
「先輩がご飯食べる間、こうやってくっついてるんです。先輩も嬉しいですよね?」
「こういうの、よくないと思うけど」
なけなしの理性で反論を試みる。栞はもちろん私から離れない。
「よくなくても、先輩は嬉しいですよね?」
こう言われてしまったらもう、私は頷くしかなくなってしまう。
大好きな栞に抱き着かれて、嬉しくないはずがないのだから。
「ねえ、えっちな夏鈴先輩」
すっかり『えっちな』と栞にバレてしまったことが恥ずかしい。元々私はそういったことに対する興味はそれほど強くなかった。
私が『えっち』になったというなら、それは確実に栞のせいだ。だとすればそもそも『えっち』なのは栞なのではないか……というくだらない理屈は脳味噌の外には出さない。
「なに?」
「本当に好きなこと、なんでもしていいんですよ? 先輩、全然手を出してくれませんけど」
「……嫌じゃないの。そんな風に……身体で釣る、みたいな」
振り向くと、栞が私の目を見て笑った。大胆に迫ってきていたのに、まるで子供のように無邪気な笑い方だ。
「だって私、知ってますもん。夏鈴先輩が優しくて、誠実な人だって。私に手を出しちゃったら先輩は、責任とらなきゃって思いますよね? 身体だけの関係でいいなんて、先輩はそんなこと思いませんよね?」
ふふ、と楽しそうに栞が笑う。
「先輩が意気地なしのままなら、押しまくって、先輩を流してやるって決めました」
「……栞」
早く栞に落とされて、流されてしまいたい。それは元々、私が望んでいたことだ。
でも本当に、それでいいのだろうか。私はもっと誠実に、栞と向き合うべきなんじゃないのか。
「私と夏鈴先輩は運命の赤い糸で結ばれてるから、結末は決まってるんです。だからきっかけはなんだって、私は大丈夫ですよ?」
そう言うと、栞は私の頬に軽くキスをした。そして、私の目を誘うように見つめてくる。
「先輩。こっちは、先輩からどうぞ?」
目を閉じて、栞が唇を尖らせた。
そっと息を吐いて、廊下に誰もいないことを確認する。そして私は、栞の小さな唇にキスをした。




