第48話 安心してください
パシャ、とシャッターの音が部屋に響く。
唇を離すと、満足げな表情で栞がスマホの画面を見せてきた。
「よく撮れてますよね」
内カメで撮影された写真には、私と栞の顔がはっきりと写っていた。誰か見たってこれは、私と栞が恋人のように唇を重ねている写真でしかない。
「ねえ先輩。私はこの写真を、いつだって誰にでも見せられるんですよ?」
勝ち誇ったように笑った後、栞は大きく両腕を広げた。
「次は先輩の番です。いいですよ? いっぱい撮っても」
やっぱりこんなことはやめよう。
たった一言そう口にして、今すぐ違う言葉を栞の耳元で囁いてやればいい。そうすればきっと、私と栞は正しい恋人同士になれる。
でも、栞の弱みを握れば、栞が私に飽きたって離れられなくなるだろう。
なんでこんなこと考えちゃうんだろう。
私は栞を信じているはずなのに。私は、栞のことをちゃんと幸せにしたいと思っているはずなのに。
私はもう、すみれのことは好きじゃない。けれどやはりまだ、私の頭と心に彼女の記憶が強く刻まれている。大事なものを急に失ってしまうことが怖くてたまらない。
「夏鈴先輩」
「……栞」
「ほら、どうぞ。ね?」
ごくりと唾を飲み込んで、そっとスマホを構える。スマホの画面越しに栞の肌を見つめると、大罪を犯しているような気分になった。
パシャ。パシャ。
シャッターの音が部屋に何度も響く。栞は顔も胸も隠さず、ただじっとスマホのレンズ越しに私を見ていた。
私達は今、なにをしているのだろう。
分からなくなってくる。床がぐにゃりと歪んで、倒れてしまいそうな気がした。
「撮影、終わりですか?」
「……うん」
お腹空きましたね、と笑いながら栞が服を着る。あっという間にいつもの制服姿になった栞が、私の手を掴んだ。
「お弁当食べましょう」
びっくりするほどいつも通りの栞だ。
でも私のスマホには、上半身が下着姿の栞の写真が何枚も入っている。
こんなのはやっぱり、おかしい。
「ごめん。さっきの写真、今から消すから」
「どうしてですか?」
「だって……」
「私が消さなくていい、って言ってるのに?」
夏鈴先輩、と甘えるような声で名前を呼んで、栞が猫のようにすり寄ってくる。
「こんな写真を撮っていいなんて言うの、私くらいですよ? それに写真だけじゃなくて、先輩は私にならなにをしたっていいんです」
栞は今、なにを考えながらこんな言葉を口にしているのだろう。彼女の頭の中を、完全に覗くことができたらいいのに。
「こんなに先輩のこと好きなの、絶対私だけですからね。先輩が他の子を好きになったって、ここまでしてくれる子なんていませんから」
「……どうして?」
私の問いかけに、栞が目を見開いた。
「どうして栞は、そんなに私のことが好きなの?」
栞が私を好きでいてくれることは分かる。だけど、その理由が分からない。
栞はこんなに可愛くてこんなにいい子なのだから、きっと彼女を好きになる人はたくさんいる。栞への愛情で他人に負けるとは思わないけれど、他の誰よりも自分が魅力的である自信はない。
「なんでだと思います?」
「……分からないの」
私と栞は中学時代、塾で出会った。劇的な出会いではなかったと思う。それからだって、なにか特別なことがあったわけじゃない。
「私は、運命だと思います」
「……運命って」
「だって、自分でもびっくりするくらい夏鈴先輩のことが好きなんですもん。先輩に会うたびにずっと、日に日に先輩を好きになってるんです」
真っ直ぐな言葉が私の心にしみる。栞はそっと私の頬に手を伸ばした。
「私は既に先輩のことが大好きですけど、明日はもっと先輩が好きで、一年後はもっともーっと先輩が大好きなんです」
そっと額にキスをされる。その後、栞は優しく私を抱き締めた。
「だから先輩、安心してください。私はずっと先輩が好きで、ずっと先輩の傍にいます。すみれって人みたいにいなくなったりしませんから」
栞はきっと、私の気持ちに気づいている。臆病な私が、どうして素直に気持ちを口にできないのかにも。
だけど、栞は先程泣いていた。彼女自身も不安な気持ちを抱えているのに、それでも私の心に寄り添おうとしてくれている。
「……ごめん」
「なんで謝るんですか。私はごめんより、好きが聞きたいタイプですよ?」
栞が私の唇にキスをした。シャッター音はならない。取引でもなんでもない、ただのキスだ。
「ねえ、先輩。だから安心して、もっと私のこと大好きになってくださいね。私、ちゃんと待てます」
「……栞」
「他の子にいこうとしたら、さっきの写真は見せますけど」
悪戯っぽく笑った栞が、私の頭を撫でた。
彼女に頭を撫でられるなんて初めてだ。
「私はとっくに、先輩と一生一緒にいる覚悟は決まってるんです。だから先輩、焦らなくても、私はどこにもいきませんよ?」
瞳から涙があふれそうになる。栞はまた笑って、ご飯にしましょうね、と私の手を引っ張った。




