第45話 女の子でも
テスト終了後の教室は、いつもながら賑わっている。部活動再開に急ぐ者も、午前中で学校が終わったことを理由に遊びにいく計画を立てる者も様々だ。
そしてその賑やかな教室の中で私がぽつんと孤立しているのも、いつものこと。
今日、栞が家にやってくる。それ自体は初めてのことではないけれど、経緯を考えれば落ち着いてはいられない。
栞は『聞いちゃったこと』と言っていた。おそらくなんらかの方法で、栞は私の中学時代のことを聞いたのだろう。
「……はあ」
気が重い。溜息を吐いてゆっくりと立ち上がったタイミングで、ちょうど栞が教室に入ってきた。
「夏鈴先輩、迎えにきましたよ」
今日も栞は、世界で一番可愛い。可愛い栞を見慣れている私だからこそ、いつもとの変化にも気づけてしまう。
今日の栞は、覚悟を決めている栞だ。
「ご飯、どこかで食べてから行く? それともなにか買って帰る?」
「買って帰りましょう。コンビニとかで大丈夫です」
つまり、さっさと家に行きたいってことね。
異論はない。どこかの店でランチデートをしたとしても、きっと今日の私は集中できないだろうから。
栞も同じように考えているのだろう。
栞がなにを誰から、どの程度、どんな風に聞いたのかは分からない。おそらく栞は今日、答え合わせをするつもりなのだ。
彼女は他人から聞いたことだけで私を判断するような人間ではないし、かといって、いつまでも心にもやもやを抱えておく人間でもない。
そういう真っ直ぐなところも、私が彼女を好きになった理由の一つだ。
「分かった」
教室を出ると、栞はいつものように私の手を握った。その手からは、いつもと変わらない私への気持ちが伝わってくる。
「夏鈴先輩」
「なに?」
「コンビニでアイスも買って帰っちゃいましょう。お菓子も! せっかくのお家デートなんですからね?」
立ち止まって、栞は私の顔を覗き込んだ。
彼女に気を遣わせてしまうほど、私は酷い顔をしてしまっていたのだろうか。
「……うん」
頷くことしかできなかった私の手を、栞はさらに強く握る。楽しみですね! とはしゃいだ彼女に救われたのは、いったい何度目のことだろう。
◆
「お邪魔します」
家に入ると、栞はいつものように丁寧に靴をそろえる。これは私によく見せたいからじゃなくて、栞にしみついた習性の一つだ。
こういうところも見るたびに愛おしいなと思ってしまう。
「まず、先輩の部屋に行きません?」
コンビニで買ったお弁当は温めてもらっていない。昼過ぎで空腹だろうけれど、栞が食事よりも話を優先することは予想通りだ。
「いいよ。飲み物いる?」
「それも、後で大丈夫です」
緊張した顔で栞が言う。頷いて、私の部屋へ向かった。冷房のスイッチをオンにしてから、カーペットの上で見つめ合う。
「先輩。夏祭りの時に、先輩の知り合いらしき人達に話しかけられたこと、あったじゃないですか」
「……あったね」
思い出したくもない記憶であり、忘れたくない栞との夏の記憶でもある。
「あの後、女の人からイソスタにDMがきたんです。夏鈴先輩の中学の同級生だって人から」
栞のイソスタは鍵アカウントではないし、顔写真を投稿している。これほど可愛い子を他人と見間違えるはずがないから、栞のアカウントを特定するのは容易かっただろう。
「……その人、すみれって名前だった?」
私がすみれ、という名前を出した瞬間、栞の顔が分かりやすく歪んだ。違います、と栞が首を横に振ったことに安心する。
私にとって中学時代の知り合いは、いまだにすみれかそれ以外かの認識で成り立っているから。
「でも、すみれって人の話もしてました。先輩と親友だったけど、仲違いして話さなくなったって。……その原因は、夏鈴先輩がすみれって人を好きになって、すみれって人が好きだった人を誘惑したからだって」
頑なにすみれのことを『すみれって人』と言い続けるところに栞のこだわりを感じた。
こんな風に向き合って真剣に話している時ですら、そんな栞のこだわりが愛おしい。
「そんなことしてないよ。私はただ、すみれが好きだった人から一方的に好かれただけ」
栞の表情は変わらない。きっと、私がそんなことをする人間ではないと信じてくれているのだろう。
そして彼女が聞きたかったことは、おそらくこの話ではない。
「夏鈴先輩、前半は否定しないんですね」
栞がそっと立ち上がり、私との距離を詰めてきた。冷房がまだ完全に効いていないせいで、彼女の首筋には汗が滴っているままだ。
「夏鈴先輩は、すみれって人が好きだったんですか」
違うよ、と嘘をつくことはできない。けれどそうだと頷くこともできなくて、私は黙ったまま栞を見つめ返した。
「それともう一つ、先輩に聞きたいことがあるんです」
栞の手が伸びてきて、私の手を掴む。そして私の手は、栞の右胸に誘導された。
柔らかい二つの膨らみ。幼く見える栞の、大人っぽい部分。
鼓動を確かめるために谷間に手をうずめたことはあるけれど、手のひらにおさめたのは初めてだ。
……いや、おさまりきっては、いないのだけれど。
こんな状況だというのに、どうしたって興奮してしまう。だって、私は栞が好きだから。
「ねえ、夏鈴先輩。先輩は、女の子でも本気で好きになってくれますか?」
栞の顔は、見たことがないほど真っ赤に染まっていた。




