第44話 心のどこかで
どうしてすみれは今さら、私のイソスタにフォローリクエストを送ってきたのだろう。
この前の日曜日がきっかけになったことは間違いないけれど、動機が分からない。
懐かしくなった? あんな終わり方をさせたくせに?
それともなにか、私に言いたいことがあるの?
私のアカウントは鍵アカウントだ。私がこのリクエストを許可しなければ、すみれは私にメッセージを送ることはできない。
LIMEのアカウントは作り直したから、今のものをすみれは知らない。
つまり今、私とすみれに連絡手段はないのだ。
「……どうしようかな」
栞と出会う前の私なら、すぐにリクエストを許可して、自分から必死にメッセージを送ったかもしれない。
だけど今の私はもう、すみれに恋をしているわけじゃない。
偶然すみれと再会したことで、当時のように彼女が輝いてはいないことにはっきりと気づけたから。
でも、意識をしてないなら、許可しないのも不自然かも。
すみれがなにを話したいのかは気になるし。
そっと息を吐いて、すみれからのリクエストを許可した。だからといって、すぐにメッセージが送られてくるわけじゃない。
すみれも、後悔してるのかもしれないな。
中学時代のすみれの振る舞いは、客観的に見ても褒められた振る舞いではなかった。
高校生になった彼女からすれば痛い過去で、どうにかして解決したい過去でもあるのかもしれない。
スマホを再び鞄にしまい、脳内からすみれのことを追い出す。もう彼女について、必死に考えをめぐらせる必要はないのだから。
◆
「先輩。やっぱり先輩は昨日から、なんだかおかしいです!」
始業式の今日は、午前中で学校が終わる。放課後になって迎えにきた栞は、私と顔を合わせるなりそう言ってきた。
「そう?」
「絶対そうです! きゅ、急に顔が見たいとか言ってくれたり、私のこと、朝から待ってくれてたり……」
栞の声には隠しきれない喜びがにじんでいて、にやけそうになってしまう。いけない。栞にもっと好きになってもらうためにも、みっともない顔は隠しておかないと。
「別に、変なことを言ったつもりはないけど」
「変じゃないですけど、夏鈴先輩が急に私を喜ばせすぎなんです!」
むぅ、と真っ赤な顔で栞は頬を膨らませた。
拗ねているのか照れているのかはよく分からないけれど、栞が可愛いことは分かる。
「そ、それに学校でポニーテールとか……」
「悪いの?」
「先輩のギャップにみんなが夢中になっちゃうじゃないですか!」
ふい、と顔を背けて唇を尖らせたにも関わらず、栞は私の手を握ってきた。
「今だって絶対、みんな先輩に話しかけたくて狙ってるんです!」
怒ったように言うと、栞は靴箱に向かって歩き始めた。確かに周りからやたらと見られている気はするけれど、顔を真っ赤にした栞が可愛いからだろう。
長い髪を切ったわけでもなく、私はただ髪を結んだだけだ。私が髪を結んだだけでこんなに反応してくれるのは栞だけである。
「だめですよ、先輩。急に話しかけてきた男の人と連絡先交換したりしちゃ」
「しないよ」
「クラスメートでもですよ!?」
「……しないって。クラスメートなら、別にいい気もするけど」
靴箱に到着したタイミングで、栞がぴたっと足を止めた。
「……女の子でも、だめですよ?」
私を見つめる栞の瞳が、なにかを言いたそうに揺れている。けれど私が口を開くよりも先に、先輩! と栞が大声で私を呼んだ。
「私、先輩に聞きたいことがあるんです」
「……聞きたいこと?」
「はい。聞きたいことっていうか、聞いちゃったことっていうか……」
「なに?」
聞いちゃった、という言葉に私も少しだけ緊張する。
けれどそれほど取り乱さないのは、栞のことを信じているからだと思う。
「ゆっくり話したいので、テストが終わった後、時間もらえますか?」
「いいよ。テストが終わったら、どこかに寄って帰る?」
「できれば先輩の家がいいです。二人きりになれるところがいいので」
「……分かった」
中学時代から逃げるように、私は遠くの高校へ進学した。過去のことについて、栞にはずっと黙っていたかった。
けれど心のどこかで、こんな日がくることも分かっていた気がする。




