第43話 夏鈴先輩は朝から栞ちゃんを動揺させる
高い位置で髪をポニーテールにし、栞に似合うと褒められて昨日買ったシュシュをつけてみる。制服のスカートはいつもより少しだけ短くした。
鏡に映った私は、それだけでいつもとは少し違う自分だった。
「夏鈴、今日はなにかあるの?」
だから部屋を出た瞬間、お母さんがそう聞いてきたのは当然だ。なにもない、と首を横に振るにはいつもと違いすぎる。
「新学期だし、外も暑いから」
適当な言い訳に納得したのかは分からない。それでもお母さんは今日の私を見て、幸せそうに目を細めた。
「似合ってる。それに、涼しそうでいいわね」
「……うん」
昨日私は、栞にもっと好きになってもらうために努力することを決めた。今日のこれは、ささやかすぎる第一歩なのだ。
◆
校門近くの外壁に背中をあずけ、登校してくる生徒達を観察する。なかなか、その中に栞を見つけることはできない。
日陰とはいえまだ暑く、一秒ごとに首筋から汗が出てくる。せっかく整えたはずの前髪も、額にはりついてべとべとだ。
別に、栞と待ち合わせをしたわけじゃない。だからこれはただの待ち伏せで、しかも用事があるわけでもない。
昨日だって会ったのに、私がまた彼女の顔を見たいだけだ。
「……あ」
栞だ。ようやく登校してくる集団の中に、栞の姿を見つけた。
目が合った瞬間、栞が全速力で駆けてくる。
「夏鈴先輩!? 今日、ポニーテールじゃないですか! なにかあったんですか!?」
「会って一番に言うことがそれなの?」
「あ、まずはおはようございます!」
慌てて挨拶をし、勢いよく頭を下げる栞が面白い。顔を上げた彼女はおろおろとした表情で、困惑したように私を見つめていた。
可愛い。私がちょっと髪型を変えたくらいで、こんなに動揺するんだ。
「これ、昨日買ったでしょ? せっかくだからつけてみようと思って」
「こ、こんなに早くつけてくれるとは思ってなかったんですけど!」
そう言って、栞はいきなり私の手を掴んだ。せっかく髪型を変えてみたのに、栞は髪よりも私の顔を見ている。
「それに……夏鈴先輩、もしかしなくても、ここで私のこと待ってくれてました? 先輩、他に待つ相手なんて学校にいないですよね?」
別に、そういうわけじゃないから。
今までの私ならきっと、そんな風に答えていた。でも今日の私は一味違う。
すみれと栞は違うのだ。私からもっと近づいたって、栞は逃げたりしない。
「そう。栞のこと待ってたの」
「……へ? ほ、本当に?」
顔を真っ赤にして、栞は両手で頬を挟んだ。
「こ、これってもしかして、私が見てる幸せな夢だったりします?」
「幸せな夢だったら、次はなにが起こるの?」
「……可愛いねって、夏鈴先輩が私のことを褒めてくれます」
そんなことでいいの? と思うのに、栞は緊張でほんの少し震えている。
そっと彼女の頬に右手を伸ばし、耳元に口を寄せた。
「今日も可愛いよ、栞」
ついでに栞の頭を軽く撫でる。彼女は真っ赤な顔のまま俯いてしまった。
「あ、朝からおかしすぎるやっぱり夢……? いやでも痛いし……?」
頬をつねりながら独り言を呟く栞が可愛い。
すみれは、私にこんなに可愛い顔を見せてくれることはなかった。
「行こう」
栞の手を引いて歩き出す。私達が手を繋いでいるくらいじゃ、周りは誰も驚かない。
靴箱へ向かう途中で栞のクラスメート達とすれ違ったけれど、彼女達は真っ赤になった栞をからかっただけだった。
すみれは栞とは違うけど、それだけじゃない。きっと周りの子達だって、中学の時とは違う。
だから、だから……きっと、怯えなくたっていい。
「じゃあ、また後でね」
手を振って別れる寸前まで、栞は顔を真っ赤にしてぼんやりとしていた。
きっと昼になったら『今朝のってどういうことだったんですか!?』と勢いよく栞が教室に乗り込んでくるのだろう。
その様子をあまりにも鮮明に想像できてしまって、つい、笑みがこぼれた。
教室に入って、何気なくスマホを確認する。滅多に動きがないイソスタに、フォローリクエストの通知がきていた。
「……すみれだ」




