73話 協力者
マナウルス教国へ入ることが出来たディランたちは、何者かに声をかけられ、近くの建物へと身を隠していた。
扉が閉まると同時に、外の喧騒が遠ざかっていく。
薄暗い室内で、一行は互いに顔を見合わせる。
「……あんたは?」
ディランが警戒するように尋ねる。
すると、四人を招き入れた人物は窓の外を一度だけ確認し、ゆっくりとこちらへ振り返った。
「そう警戒しなさんな……俺は味方だよ。しかし、あんたら本当に無茶をするな」
若い男の声だった。
「……なに?」
ディランは男の顔を伺うように覗き込む。
男はスッと、深く被っていたフードを脱いだ。
短く整えられた黒髪。
精悍な顔立ち。
どこか見覚えのあるその姿に、ディランも思わず目を見開く。
「誰だ?どこかで会ったことがあるような……」
「俺は、チャドリック。ローレンス商会からこの国の調査に来てるんだが……あんたらとは初対面のはずたぜ?」
(初対面なのか?……確かに、どこかで)
喉に小骨が引っかかったような感覚に頭を捻らせるも、思い出すことができなかった。
「商会からと言ったが、お前さんが協力者なのか?」
クライスが率直に問いかける。
チャドリックはすぐには答えず、部屋の奥へ視線を向けた。
「そんなところだ……詳しくは爺さんに聞いてくれ」
その言葉と同時に、奥の部屋の扉が静かに開く。
「お久しぶりです。無事に辿り着いたようで安心しました」
低く落ち着いた声。
姿を現した人物を見て、ディランは息を呑んだ。
「ソルディ……!」
ローレンス家のシュヴァリエ。
カティアの執事として支えていた男が、静かにこちらを見つめていた。
「どうして爺さんが?」
ソルディは小さく笑う。
「教国の諜報部隊の目を潜り抜け、内情を調査するのは簡単なことではありませんので……隠密行動に慣れている私が来るのは道理でございます」
そう言うと、机の上へ一枚の地図を広げた。
描かれているのは、マナウルス教国の街並み。
そこには赤い印がいくつも書き込まれていた。
「ルディ様から、ディラン殿たちの協力を仰せつかっております故……こちらの地図をお渡ししておきましょう」
ソルディはディランへ視線を向ける。
「この赤い印の場所から、教国の諜報部隊が出入りしていることが確認できております」
「……それで?」
「この印の場所のいずれかに、地下研究施設へ繋がる道があると考えられます。しかし、その特定まではできておりません」
ソルディは窓の外へ目を向け、低い声で告げる。
「それを特定するためには、慎重に調査を続ける必要がございますが……あなた方は既に教国に目を付けられている可能性が高い」
ディランたちは無言で息を呑んだ。
「不確定要素が幾つか残っておりますが、事を早く進めるべきでしょう」
部屋の中に静寂が落ちる。
机の上へ広げられた地図には、赤い印が七つ。
どれも街の中心部から少し離れた場所に集中していた。
「これを全部調べるのか?」
クライスが尋ねると、ソルディは首を横に振った。
「それでは時間が掛かり過ぎます」
「教国の諜報部隊も、侵入者を探しているでしょうからな」
チャドリックが腕を組む。
「俺も街を見て回ったが、この国の連中はここで人体実験や研究が行われてるなんて誰も知らないみたいだったぜ」
「知らないのか、それとも知らされてねぇのか……」
モニカは地図を見つめながら呟いた。
「教国の民は、研究施設の存在は知らないのかもしれませんね」
「ええ」
ソルディも頷く。
「ですが、一つだけ気になることがございます」
そう言って、一か所の印を指差した。
「この倉庫街だけ、夜になると必ず諜報部隊が出入りしております」
「なるほど……」
「いかにも怪しいじゃねぇか、早速調べに行ってみるか?」
「いえ、事を急ぎましょうとは申しましたが、最低限の準備をしてからにいたしましょう」
「そうそう、いくらなんでもその格好で街をうろついたら五分も経たずに捕まるって」
チャドリックはそう言いながら、棚から数着の白いローブを取り出し、机へ置いた。
「まずは形からってな。それに、おたくらも少しは休んだ方がいい」
チャドリックの言葉に、一同は顔を見合わせた。
確かに、その通りだった。
ここまでの道中、まともな宿で眠れたのはミュハールたちの集落くらいだ。それ以外は野宿ばかり。疲労は思っていた以上に身体へ蓄積している。
敵地だからこそ、万全で動かなければならない。
「……分かった」
ディランが頷く。
「今日は休んで、明日から本格的に動こう」
「その方がいいでしょう」
ソルディは静かに微笑んだ。
「焦るお気持ちは理解できます。しかし、焦って得られるものより、失うものの方が多いのが潜入任務というものです」
「耳が痛ぇな」
クライスが肩を竦める。
「俺は隠れるより、身体を動かす方が性に合ってる」
「我慢してください」
「即答かよ」
部屋に小さな笑いが生まれた。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
その様子を見ていたチャドリックは、棚の奥から麻袋を抱えて戻ってきた。
「ほらよ」
机へ袋を置く。
中には白いローブのほか、教国で使われている銀貨や銅貨、小さな木札まで入っていた。
「身分証代わりだ。偽物だけどな」
「こんなの何に使うの?」
フラムが訝しむように木札を眺める。
「信徒は皆、その木札を御守り代わりに持ってるんだとさ」
そう言ってチャドリックは肩を竦めた。
「だがまぁ、この国に住んでる連中は普通なのにな」
普通……
その言葉にディランは引っ掛かりを覚えた。
街へ入ってから見た人々の表情を思い返す。
街を歩く人たちの表情は穏やかで、殺伐とした雰囲気など全く感じられなかった。
どこにでもある日常の風景。
少なくとも、人を化け物へ変える研究をしている国には見えなかった。
「本当に……誰も知らないのか」
思わず漏れた呟きに、ソルディがゆっくり頷く。
「おそらくは……この国の民もまた、利用されている側なのでしょう」
その言葉に、部屋は再び静まり返った。
もしそうだとすれば。
敵は教国そのものではない。
この国の裏で暗躍する、ごく一部の人間ということになる。
ディランは地図へ目を落とした。
赤い印が七つ。
そのどこかに、この国の闇へ続く入口がある。
それを見つけ出すことが、自分たちの役目だった。




