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盾騎士クロニクル〜異世界に迷い込んだおっさん騎士の冒険譚〜  作者: 松ノ ソナタ


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72話 潜入

 高くそびえる城壁を前に、四人は木陰へ身を潜めていた。

 

 森を抜けた先に広がるマナウルス教国。

 

 その巨大な外壁は侵入者を拒むように天へと伸びている。

 

 ディランは身を屈めたまま、城壁の上へ視線を向けた。

 

「……静かだな」

 

 城壁の上には数人の兵士が巡回しているだけだった。

 想像していたような厳戒態勢ではない。


「外との関わりを避けてるって言うから、もっと厳重に監視してるのかと思ってたが」

 

「見張りの数も少ないですね」

 

 モニカが小さく呟く。

 

「これなら侵入できそうだけど……」

 

 フラムはどこか腑に落ちない様子だった。

 

 クライスは首を横に振る。

 

「見えている兵士の数だけで判断するなよ」

 

「え?」


 ディランはクライスへ目を向ける。

 

「どういうことだ?」


「教国は表向きは信仰国家としての体裁を見せているが、諜報部隊が裏で動き回ってるって話だ」

 

「つまり、その諜報部隊に気をつけろってこと?」


「そうそう、俺が言いてえのはだな……」

 

「はいはい、このまま迂回して潜り込めそうな場所を探すわよ」


 クライスの話を遮るようにフラムが前へと出ると、一人で森を進み始めた。


「な、おいっ……たく!」

 

 クライスは頭を抱えながらフラムを追う。

 その後を追うように、ディランとモニカも続いて行った。

 

 森を進んでいくと、気になる場所を見つけた。


 城壁の下方から流れる水路……四人はその中の様子を伺う。

 

「ここなら……」

 

 モニカは周囲を確認すると、ゆっくりと中の様子を探る。

 

「古い排水路のようですね」


「ああ、教国の中に繋がってるといいが……」


「とにかく進みましょう、あたしが前に出るわ」


 そう言うと、フラムは鞘から剣を抜き放ち、軽く振り払った。

 それだけで刀身に淡い炎を纏い、水路の暗がりを照らしていく。


「ひゅ〜、便利な剣だぜ」


 クライスは感心するように口笛を鳴らすと、フラムから鋭い視線を受ける。


「ふざけてないで、あんたは一番後ろ、ディランはあたしの後ろでモニカを守りながらついて来て……行くわよ」


 陽の光の届かない水路の中を、フラムの先導のもと進んでいく。


 足場や壁にはジメジメとした湿気が纏わりつき、苔が生えているのが僅かな光の中で見てとれた。


「陰気臭ぇ場所だな〜おい」


 クライスがボヤいた声も、狭い水路の中で反響して響き渡る。


「黙ってついて来なさいよ。距離的にはそろそろ……」


 と、フラムが言葉を途切らせる。

 目の前に施錠された鉄格子が設置されていた。


「この先に出口があるのかしらね」


 そう言うや否や、フラムは炎剣をスッと振り、施錠されていた鍵だけを切り落とした。


「鍵がかけられてるってことは、そうなんだろう……慎重に進むぞ」


 ディランの言葉に一行は静かに頷き、再び歩を進める。

 

 しばらくすると、僅かな陽の光が奥から差し込み始め、フラムは剣を鞘へと納めた。


「どうやら、出口みたいよ」

「……人目につかないように、気をつけるぞ」


 周囲に誰かいないか慎重に見渡してみると、意外な光景が目に映る。

 

 白い装束を纏う信徒たちが穏やかな表情で行き交い、普通の生活を営んでいたのだ。

 

「……思ってたより、人間味のある街みたいね」

 

 フラムがポツリと呟く。


 しかし、突然姿を現したフラムたちの姿に、信徒たちは怪訝そうな表情を見せる。


「なんだアイツらは?変な格好して……」

「余所者か?背信者じゃないだろうね?」

 

「おい、早く移動した方がいいんじゃねえか?」


 四人は人目を避けるように、建物の陰へと隠れると、誰かから声をかけられる。


「あんたら、そんな格好でうろつくな……こっちへ、早く」


 そう言って、建物の中へ入るように促され、一行は一瞬どうするか迷いながらも建物の中へと隠れた。


 

——マナウルス教国・研究施設


 ディランたちが水路を抜けて、教国へ潜入していた頃。

 

 重厚な鉄扉の向こう側……白衣の研究員たちが慌ただしく行き交う中に、一人の女が実験台へ横たわっていた。

 黒い諜報部隊の衣を纏う、その女は静かに瞼を閉じていた。


 閉じた瞼はわずかに震えている。

 

「準備完了しました」

 

 研究員が報告する。

 その前に立つゲルハルトは無表情のまま頷いた。

 

「始めろ」

 

 透明な液体が管を伝い、女の身体へ流れ込んでいく。

 

 次の瞬間。

 

「っ……!」

 

 女の身体が大きく跳ねた。

 苦悶の声が研究室へ響く。

 研究員たちは固唾を呑み、数値を見守っていた。

 

「マナ因子の投与、完了しました!」

「魔獣の遺伝子を注入開始します……」


「っぐ……あ、ぁアア!」


「心拍数上昇!130……120……100……徐々に正常値に安定」

「マナ因子の濃度、並びに魔獣の遺伝子に対する拒絶反応も寛解傾向です」

 

 やがて苦しみは静まり、女はゆっくりと目を開く。

 その瞳は、鋭い黄金色へ変わっていた。

 研究員の一人が興奮気味に叫ぶ。

 

「成功です!」

「適合しました!」

 

 ゲルハルトは静かに口元を緩めた。

 

「……ようやく、安定してきたか」

 

 その隣には、一人の男が微動だにせず立っている。

 銀灰色の髪。

 鋭い瞳。

 何者をも寄せ付けない雰囲気を纏った男……ウルブ。

 彼はそのまま、女の元へ向かった。

 

「立てるか、イーグル」

 

 女はゆっくり身体を起こす。

 

「……問題ありません」


「身体が馴染むまで、違和感はあるだろうが……じきに慣れる」


「はい」

 

「くく、君はウルブに続く二人目の成功例だ」

 

 ゲルハルトの言葉に、ウルブは静かに頷いた。

 

「……」

 

 その時だった。

 研究室の扉が開き、諜報員らしき黒装束の男が膝をつく。

 

「失礼します」

 

 黒装束の男は顔を上げることなく淡々と告げる。

 

「報告します。北側外壁より四名の侵入者を確認しました」

 

 研究室に静寂が落ちる。

 

「ほう、何者だ?」

 

「監視の目を抜けられましたが、おそらくクロイツ教会の者かと……」

 

 ゲルハルトは驚く様子もなく、小さく息を吐いた。

 

「ギュメルの件が尾を引いたか」

 

 そう呟くと、ウルブとイーグルへ視線を向ける。

 

「早速、仕事だ」

 

 二人は無言で前へ出た。

 

「侵入者を排除しろ」

 

 ウルブは静かに頷く。

 

「承知しました」

 

 イーグルもまた、その黄金色の瞳を細めた。

 

「……はい」

 

 二人は踵を返し、研究室を後にする。

 その背中を見送りながら、ゲルハルトは静かに呟いた。

 

「……迷い人の子孫を崇める異端者どもに、我々の邪魔はさせんぞ」

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