71話 北の森を抜けて
翌朝。
まだ空が明るくなる前に、ディランたちが出発の準備をしていると、集落の入り口からミュハールが手を振りながら近づいてきた。
「もう行っちまうのか?」
「ああ」
ディランが頷く。
「ゆっくり休めたよ、ありがとう」
「礼なんていらねぇよ」
ミュハールは小さく微笑んだ。
「何をするつもりなのかは知らないが……気をつけろよ」
その言葉に、一同は顔を見合わせる。
「警戒することはないさ、あんたら、本当は別の目的があってここへ来たんだろ?」
「……それは」
「いくらなんでも、男女四人だけで集落の安否確認なんて無茶すぎるだろ」
ミュハールは苦笑した。
「この辺りの魔獣被害の規模を考えれば、それこそ騎士団や警備隊が動く案件だ」
ディランたちは否定しなかった。
その沈黙が答えだと受け取ったのか、ミュハールは小さく肩をすくめる。
「まぁ、詮索する気はないんだ。事情があるんだろ」
「……」
「ただ一つだけ忠告しとく」
真剣な表情でディランたちを見つめる。
「教国に近づくほど、魔獣の狂暴さも増している」
「増している?」
フラムが首を傾げる。
「ああ。魔獣の数が増え始めた頃に、集落の有志を集めて調査したんだが……奥に進むほど、強い魔獣が縄張りを陣取ってる感じだった」
ミュハールは森の方角へ視線を向けた。
「そいつらのせいで、弱い魔獣どもがこの集落の近くまで追い立てられてるってとこだろうな」
場が静まり返る。
「……それに、今の教国は、なんだか得体の知れない研究に没頭してるって噂も聞くしな」
ミュハールは頭を抱えるように首を振る。
「なんにしても、俺たちはこの集落を守るために、できることをやるだけだ……あんたらもそうなんだろ?」
カレドニアやクロイツの街を守るために、マナウルス教国の調査をする。
ディランにとっては、イスフィールと教国の繋がりを調べるためのものだが、確かにそれは、ミュハールの言葉と同義だった。
一行は静かに頷き、北の森へと歩を進め始める。
その姿を見つめながら、ミュハールは一人静かに呟く。
「……死ぬんじゃねぇぞ」
やがて一行の姿は木々の向こうへ消えていった。
——北の森は、集落周辺とは空気が違っていた。
木々は空を覆い隠し、昼間だというのに薄暗い。
周囲からは、森へと侵入してきた者を警戒するかのようにピリついた空気を感じる。
「嫌な森ね」
フラムが周囲を見回す。
「ああ」
ディランも頷く。
重い空気が身体に纏わりつくような、言いようのない圧迫感があった。
「気を抜かないでください」
モニカが小声で告げる。
「魔獣が出るとすれば、この辺りです」
その直後だった。
ガサッ——。
茂みが大きく揺れる。
「来るぞ!」
クライスが剣を抜く。
飛び出してきたのは三体の狼型の魔獣だった。
だが、集落付近で遭遇した個体より一回り大きい。
「グルルルルッ!」
低く唸りながら、一斉に飛び掛かってくる。
「ディラン!」
「ああ!」
ディランは盾を構え、先頭の魔獣を真正面から受け止めた。
鈍い衝撃が腕へ伝わる。
(重い……!)
以前の個体とは比べものにならない。
だが……
「押し返す!」
盾を振り抜き、魔獣を弾き飛ばす。
その隙を逃さず、
「はぁっ!」
フラムの剣が横薙ぎに閃いた。
一体が地面へ崩れ落ちる。
クライスは先行するもう一体の魔獣の攻撃を剣でいなしながら懐に潜り込み、その首を切り伏せた。
それを見た、最後の一体は警戒するようにジリジリと後退する。
「逃がすか!」
ディランが加速しながら盾爪を振り抜く。
クローベアの爪が、魔獣の身体引き裂き、ドシャリ……と音を残して生き絶えた。
「ふぅ、なんとかなったな」
クライスが剣の血を払う。
「ミュハールの言う通り、前に見た個体より大きいな」
ディランは倒れた魔獣を見下ろした。
ここはまだ教国の外縁部。
それでも、この強さだ。
(この先は……もっと危険になる)
「先を急ぎましょう」
モニカに促され、一行は再び歩き出す。
魔獣との戦闘を幾度か繰り返しながら森を抜けると、不意に視界が開けた。
木々の切れ間、その先。
天まで登った陽の光に照らされる、巨大な城壁が姿を現す。
高くそびえる外壁。
その中心には、荘厳な城が佇んでいた。
「……あれが」
ディランは静かに息を呑む。
「マナウルス教国か」
四人は互いに視線を交わし、ゆっくりと城壁を見据えた。
(この先にどんな真実が待っているのだろうか……)
ディランは静かに息を吐き、一歩を踏み出した。




