69話 魔獣に脅かされる集落
――集落入り口
見張り台のような場所から弓を構えた男が、鋭い目つきでこちらを見下ろしていた。
「止まれ!」
鋭い声が飛ぶ。
「それ以上近づくな!」
その声に反応するように、集落の中からも数人の男たちが姿を現した。
こちらを牽制するように、手には槍や弓などの武器を構えていた。
どれも使い込まれていて、男たちも疲弊した様子だった。
「……随分警戒されてるわね」
フラムが小さく呟く。
「無理もねぇさ」
クライスが低く返した。
「この辺の連中は、ずっと魔獣被害に悩まされてんだろ」
見張り台の上の男が再び叫ぶ。
「お前たち、どこから来た!」
「クロイツ教会からだ!」
クライスが一歩前へ出た。
「山道で魔獣に襲われてな。休める場所を探してた」
「……っ」
男の顔が僅かに強張る。
「まさか、あの狼共の群れに遭ったのか?」
「ああ。随分盛大な歓迎だったぜ」
「冗談だろ……」
目前で武器を構える村人たちが息を呑む。
「あの群れを相手に、ここまで来たってのか……?」
「逃げるので精一杯だったがな」
ディランが答える。
すると、男たちは互いに顔を見合わせた。
その目に浮かぶんでいた警戒の色が僅かに変わる。
「……目的は?クロイツ教会からこんなところまで何をしに来た?」
その問いに、どう答えるべきか悩んでいると、モニカが前へ出た。
「過去に使用していた教国との流通経路で、魔獣の出現頻度が多くなったという話を耳にしました。周辺の集落の方々の安否確認も含め、調査に来たのです」
(おお、それならここまでクロイツ教会の人間が調査に来ても不思議じゃないな)
「そうか……いや、申し訳なかった」
そう言うと、見張り台の男は軽い身のこなしでディランたちの前に降り立った。
「俺はミュハール、この集落の自警団の代表をしているんだ。まさか、こんなところに外からお客人が来るなんて思わなくてな……失礼を許して欲しい」
ミュハールは深く頭を下げた。
「いえ、魔獣の襲撃が増えている中、素性の知れない者たちが来たら誰でも警戒なさいますよ」
モニカの言葉に、ミュハールは首を左右に振った。
「ああ、最近は本当に魔獣の襲撃が多くてね、少し神経質になっていたようだ。さぁ、また魔獣どもが来る前に中へ入ってくれ」
ミュハールの言葉に、周りの住人たちが入り口への道を開け始める。
「何もないところだが、ゆっくり休むといい」
「はい、ありがとうございます」
モニカが丁寧に頭を下げる。
一行は集落の中へと足を踏み入れた。
中は思っていた以上に凄惨な状態だった。
建物の壁には爪痕が残り、補修された跡も多い。
道を歩く住人たちの表情もやつれていて、活気が感じられなかった。
「……酷いな」
ディランが思わず呟く。
「最近は本当に被害が多くてな」
ミュハールは苦々しげに吐き捨てる。
「魔獣の数が急に増えやがった。前まではここまで酷くなかったんだが……」
「教国側は何か言ってこねぇのか?」
クライスが尋ねる。
「何も……教国の連中は、自分たちのことしか考えちゃいないんだよ」
だが、とミュハールは顔を曇らせた。
「それでも、この事態に教国へ助けを求めて逃げ込もうとする連中が増えてんだ」
「逃げ込む?」
ディランが眉をひそめる。
「ああ」
男は周囲を気にするように声を潜めた。
「この辺の集落じゃ、もう食っていくのも厳しくてな。だったら教国へ行った方がマシだって連中もいる」
「……」
「実際、向こうは土地も豊かだし、飯にも困らないって話だ」
ディランたちは顔を見合わせる。
マナの研究や人体実験をやってる連中が、魔獣被害で苦しんでいる人間たちを受け入れるだろうか。
(とてもそうは考えられんな、受け入れたとしても人体実験に使われるんじゃないだろうか……)
「まぁ、教国に行った連中がどんな生活をしてるかなんてわからないしな……他に助けを求める場所もないのが現実さ」
そんな話をしながら、集落の中央広場へ辿り着くと、意外な光景が目に飛び込んできた。
子供たちが木剣を振り回しながら走り回っている。
「待てー!」
「お前が魔獣役だろ!」
「違う!今日は俺がハンターだぞ!」
そんな声が響き、数人の子供たちが笑いながら駆け抜けていく。
その様子を見ていた老人たちも、どこか穏やかな顔をしていた。
「……思ったより元気そうだな」
ディランが呟く。
ミュハールは少しだけ笑った。
「子供はどこだって元気だからな」
広場の隅では女性たちが集まって野菜を刻み、男たちが補修した柵を運んでいる。
決して豊かな生活ではない。
着ている服も継ぎ接ぎだらけで、中には腕や足に包帯を巻いてる者もいる。
それでも、誰もが手を取り合って懸命に今を生きていた。
「でも、苦しいことばかりじゃねぇんだ」
ミュハールがぽつりと言う。
「ここには家族がいる。助け合う仲間もいる」
視線の先では、幼い娘を肩車した男が笑っていた。
「本当は離れたくないんだよ……」
それに、と彼は続けた。
「悪い話ばっかりでもなくてな」
「なにかあったのか?」
クライスが尋ねた。
「他の集落じゃ、不思議な力を使う連中が現れたって話なんだ」
「不思議な力?」
「ああ、なんでも、炎を操ったり風を操ったりとか……それに聖女様みたいなやつまでいるんだとよ」
(炎、風……操るってことは魔法の類か?)
「なぁ、そいつらはどんなやつだった?どこから来たとか……」
ディランはミュハールに詰め寄るように問いかける。
「え?いや、悪いな……俺も噂で聞いただけで、詳しくは知らねえんだよ。ただ、そいつらのおかげで魔獣の被害は抑えられてるらしい」
(話を聞く限りだと、俺と同じ迷い人の可能性が高い……気にはなるが)
そんなディランの考えを理解していたのか、フラムが肩を叩く。
「あたしたちの目的を忘れないで……気になるでしょうけど、あたしたちのすべきことに専念しましょ」
「……ああ、そうだったな」
(詮索するのは、目的を終えた後だ……)
ミュハールはそんなディランの様子を見て、少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は追及してこなかった。
「まぁ、噂話だ。俺も実際に見たわけじゃないしな」
「そうか、すまなかった」
ディランは短く頷く。
今はそちらを追うべきではない。
まずは、教国の研究とマナ因子についての調査が優先だ。
「それで、魔獣の被害ってのはどれぐらい続いてるんだ?」
クライスが話題を戻した。
「あー……そうだな」
ミュハールは腕を組む。
「急に酷くなり始めたのは二、三年くらい前からか」
「そんな最近なの?」
フラムが驚いたように目を瞬かせる。
「ああ。それまでも魔獣はいたさ」
ミュハールは頷く。
「だが、森の奥にいる程度だった。畑や集落の近くまで出てくることなんて滅多になかったんだ」
「それが、どうして……」
「さてな……数が増えたことで、縄張り争いでもしてるのか気性も荒くなってるからな」
ディランは無言で耳を傾ける。
教国……魔獣の増加。
二、三年前から始まった異変。
それぞれが一本の線で繋がりそうで、まだ繋がらない。
「他の集落も同じなのですか?」
モニカが尋ねた。
「少なくとも、この辺りはな」
ミュハールは深いため息を吐いた。
「ひどいところは村ごと捨てて移ったって話も聞く」
そう言って男は広場を見渡した。
子供たちの笑い声が響く。
その一方で、大人たちの顔には疲労が刻まれていた。
「残ってる連中も、いつまで持つかわからねぇ」
その言葉に、その場の空気が少し重くなる。
だが、そんな空気を吹き飛ばすように。
「おーい!」
広場の向こうから子供たちの声が飛んできた。
「おっちゃんたち、傭兵か!?」
「すげぇ剣持ってる!」
「その盾、見せてくれよ!」
いつの間にか数人の子供たちがディランたちの周囲に集まっていた。
興味津々な目で武器や装備を見上げている。
「こら、お前ら!」
ミュハールが慌てて叱る。
「お客人の邪魔をするんじゃねぇ!」
だが子供たちは気にする様子もなく、周りを駆け回っていた。
「なぁなぁ!」
「魔獣倒したことあるか!?」
「どれくらい強いんだ!?」
矢継ぎ早の質問に、ディランたちは思わず顔を見合わせる。
「……元気だな」
ディランが苦笑すると、
「だからそう言っただろ」
ミュハールも苦笑した。
「子供はどこだって元気なんだよ」
――魔獣に怯えながらも、子供たちは笑顔を絶やさずにこの集落で生きている
(彼等のことよりも研究の方が大事だってのか?)
ディランは目の前の光景から、教国に対する不信感を募らせていった。




