66話 再びクロイツ教会へ
――カレドニア北方、クロイツ教会近郊
教国の調査のため、ディランたちはモニカを連れてクロイツ教会へと向かっていた。
「……ディラン様」
走車に揺られていると、背後から声をかけられる。
振り返ると、モニカが何か言い淀むように俯く。
「どうかしたかい?」
「いえ、その……ルディ様との話し合いのことで、少し確認したいことがありまして」
「確認?」
フラムが横から覗き込む。
「はい」
モニカは一度だけ頷いた。
「教国への潜入ですが……ディラン様は、どの程度まで踏み込むおつもりですか?」
「……それは、どういう意味だ?」
「研究施設の調査、情報収集が最優先とルディ様はおっしゃっていましたが……」
言葉を選ぶように、少し間を置く。
「もし、被験者と思われる方々を発見した場合です」
(被験者……攫われた子どもたちのような者がいるなら)
「もちろん、救出したい」
その返事に、モニカは真っ直ぐにディランを見つめる。
「状況によっては、潜入任務の継続が困難になる可能性もありますよ?」
それは、会議でも出た話だ。
最優先に得るべきは情報。
不用意に動けば、目的を果たすこともできず、教国の警戒体勢を強めるだけになる。
だが――
「情報を得るために慎重に動かないといけないのは、わかってる……しかし、助けられるのなら助けたいんだ」
ディランは真っ直ぐにモニカを見て答えた。
「……」
モニカが一瞬、言葉を失う。
「危険なら、俺一人だけで助けに行く。それならいいだろ?」
「……いいわけないでしょう?」
フラムが口を挟む。
責めるような声音ではなく、呆れたように首を振る。
「もしそうなったら、あたしも一緒に行くわ」
「な、おまえはまたそんなこと……って、言っても聞きゃしないか」
「わかってるじゃない。それに協力しないと、助けられるものも助けられないじゃない」
モニカは二人のやり取りを見て、静かに息を吐く。
「……承知しました」
ゆっくりと頷く。
「私も、同じ考えです」
やがて視界の先に、大きな建造物が見えてきた。
白を基調とした壁に、整然と並ぶ柱。
前回の襲撃で壊れた扉や窓の修繕はかなり進んでいるようだった。
「……クロイツ教会」
ディランが呟く。
「はい」
モニカが一歩前に出る。
「こちらになります」
教会の門の前には、数人の神官が立っていた。
モニカの姿を確認すると、軽く頭を下げる。
「モニカ様、お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
短く応じ、そのまま振り返る。
「お二人もどうぞ」
ディランとフラムは顔を見合わせ、小さく頷いた。
足を踏み入れる。
門をくぐった瞬間、外の音が遠のいていく。
教会の中は静かで、どこか張り詰めたような空気が広がっていた。
すれ違う神官たちの表情も暗く、憔悴した様子が伺える。
「先日の襲撃で破損した箇所は概ね改修できているのですが、負傷し、命を落とした者もおり……皆の心には大きな禍根が残っています」
その空気を察してか、モニカがディランたちに声をかけた。
あれだけの襲撃を受けたのだ、何の被害もなく……とはいかないだろう。
「そう、だろうな……街の方に被害は?」
「街や学院の方へは被害が出ていなかったようです」
「それは良かった」
(住人に被害が出なかっただけでも不幸中の幸いか……ん?学院のほうもって言ってたが)
「モニカさん、ここには学院もあるのかい?」
ディランが尋ねると、フラムが溜め息を吐くように答えた。
「言わなかった?クロイツの街には教会を護る神官や神官騎士の養成のための学院があるのよ」
「いや、聞いた覚えがないんだが」
「そんなはずない……でしょ?」
「いや、誰に聞いてるんだよ」
「ふふふ、お二人を見ていると昔のセリナ様と先輩を思い出しますね」
モニカはディランたちのやり取りを見ながら、どこか懐かしそうな表情を見せた。
「ちょっとモニカ、それどういう意味よ?そもそも、あんただってアルデルトのことがっ『ああー!』」
「ん、んん……先輩がなにかしら?」
「だ、か、ら!あんたもアルデルトの『わー!』」
モニカが慌ててフラムの口を塞ごうとした――その時だった。
「……騒がしいと思えば、帰ってきたんだね、モニカ」
低く落ち着いた声が廊下の奥から響く。
視線を向けると、白銀の礼服を纏った男がこちらへ歩いてきていた。
「先ぱ……アルデルト様、ただいま戻りました」
モニカが小さく姿勢を正す。
「うん、おかえり。ディランさんたちもお久しぶりです」
「アルデルト殿も元気そうで良かった」
ディランは軽く頭を下げる。
クロイツ教会襲撃の際に負った傷は完全に治療できているようだった。
「ええ、皆には心配をおかけしました。それで、ルディ様との話し合いはどうなりましたか?」
アルデルトが穏やかな笑みを浮かべながら尋ねる。
以前と変わらぬ柔らかな物腰。
神官らしい落ち着いた声音だが、その奥には教会を預かる者としての鋭さも感じられた。
「教国の調査を進めることになったわ」
フラムが先に口を開く。
「クロイツ教会にも協力してもらう予定よ」
「なるほど……」
アルデルトは静かに目を伏せる。
「やはり、そこまで状況は進んでいましたか」
ギュメルの巻き起こした魔人化、教会の襲撃。
あの襲撃以来、クロイツ教会も無関係ではいられなくなっていた。
「危険な任務になりますね」
「わかってる」
ディランが頷く。
「それでも、放ってはおけないんだ」
「……あなたらしい返答ですね」
アルデルトは苦笑した。
「ですが、無茶だけはしないでください。あなたは自分の命を軽く見過ぎる傾向がありますから」
「うっ……」
思い当たる節がありすぎて、ディランは言葉に詰まる。
「ほら、言われてるじゃない」
フラムが呆れたように肩を竦めた。
「フラムさんも他人事ではありませんよ?」
「なんであたしまで!?」
「ディランさんが無茶をすると、真っ先について行くでしょう?」
「……うっ、あんただって聖女様のことになると後先考えないじゃない」
「それは当然でしょう?妻なんですから」
フラムが突っ込むと、アルデルトは小さく笑った。
その笑みを見て、ディランは少しだけ肩の力が抜ける。
襲撃の時は余裕などなかったが、こうして話していると、アルデルトが本来は穏やかな人物なのだと改めて実感した。
「それで、潜入についてですが」
アルデルトは表情を引き締める。
「教会側からも同行者を出します」
「同行者?」
「はい。まずモニカ」
「はい」
モニカが一歩前に出る。
「それとクライスです」
「あいつも来るの?アルデルトの護衛じゃなかったっけ?」
フラムが少し意外そうに目を瞬かせた。
「彼はハンター稼業での経験がありますから、私の傍に置いておくのは勿体ない」
アルデルトは淡々と答える。
「戦闘ではフラムほど強くはないですけどね」
モニカが小さく付け加える。
「余計な一言ですよ、モニカ」
「ふふ、失礼しました」
だが、そのやり取りからも信頼関係が見て取れた。
「潜入経路については、ある程度こちらでも目星をつけています」
アルデルトはそう言うと、ディランたちを見渡した。
「ですが、話の続きは後にしましょう。長旅でお疲れでしょう?」
「まあ、それなりには」
「客室を用意しています。今日はゆっくり休んでください」
「いいのか?」
「もちろんです」
アルデルトは柔らかく微笑む。
「あなた方はクロイツ教会の恩人でもありますから」
教会襲撃の際、ディランたちがいなければ被害はもっと拡大していただろう。
アルデルト自身、そのことを理解しているのだ。
「ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ感謝しています。それでは、部屋へ案内しましょう」
アルデルトはそう言うと、静かに踵を返す。
「明日、改めて教国潜入について詳しく話し合いましょう」




