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65話 繋がれた生命

 ――マナウルス教国南方・山間部


 ディランたちが目指す教国への潜入経路。

 

 その山間――森に囲まれるような立地で、いくつかの集落が存在していた。


 その集落近隣の森にクリスたち三人の姿があった。


「……見つけたぞ」


 イグニスが低く呟く。


 視線の先、森の奥。

 木々の隙間に、影が揺れていた。


「三……いや、四体」


 狼の魔獣の姿を確認し、クリスが目を細める。


 魔獣との距離と周囲の地形を見渡し、頭の中で動きを組み立てる。


「いつでもいけます」


 そのすぐ後ろから、ティナが小さく声を落とす。

 クリスは静かに頷くと、腰鞘から二本の剣を抜いた。


「正面の二体は私がやるわ」

「じゃあ、俺は残りの二体だな」


 イグニスも両手に履いた手袋の感触を確かめるように、何度か拳を握り直す。


「頼んだわよ……それじゃ、ティナ、お願い」


 その言葉を合図に、クリスが瞬時に駆け出した。

 それと同時に、ティナも魔力を放出する。


 マナの量が少ない影響で広域展開はできなくなっているが、それでもクリスの身長ほどはある障壁を二枚展開させる。


 その障壁を、クリスの動きに合わせて縦横無尽に移動させる様を見てイグニスは思わず声を漏らした。


「すげぇ……っと、俺も仕事しねぇとな」


 ティナの魔力制御の精度に感心しながら、目前の魔獣へと視線を移す。

 両手を構え、拳を打ちつけるようにぶつけると火花が舞った。


「炎の槍よ……」


 イグニスが魔力を込めると、火花は燃え広がり細長い槍のような姿を模る。


「喰らいつけ!」


 その言葉と同時に、二本の炎の槍は魔獣へと撃ち放たれた。


 薄暗い森の中、樹々の隙間を縫うように炎槍は舞い、周囲を紅く照らしながら高速で獲物へと喰らいつく。


 その灯りを横目に、クリスは魔力を込めながら身体を捻らせて飛び上がった。


 両手の剣が風を切り裂く度、その切先に真空の刃が巻き起こる。クリスは刃に魔力を乗せると魔獣めがけて振り払った。


 剣線をなぞるように空を裂く刃は、一直線に魔獣へと迫っていく……しかし、その刃は魔獣の体に届く寸前で躱される。


「……っ」


 魔獣はわずかに身を捻り、致命の線だけを外したが、浅く裂けた体毛の下から覗く皮膚は、異様なほど硬質だった。


「硬い……」


 着地と同時に距離を取り、クリスは眉を寄せる。


 (私の剣じゃ通らない……)


「クリス、どうした……!」


 イグニスの声と同時に、炎槍が命中する。


 爆ぜた炎の中から現れた魔獣の身体は焼け落ち、溶けるように沈んでいく。


「なんだこいつら? まるで鉄みてぇな……」


 焼け焦げた毛皮の奥。

 赤黒く溶けた肉が弱々しく脈打ち、やがて黒い霧となって消えていった。


「……まずは、二体」


 イグニスはクリスと対峙する残りの魔獣へ視線を向ける。


 次の瞬間。


 二体の魔獣が同時に動いた。


「っ、来る!」


 左右から挟み込むように迫る二体。

 その動きは、寸分違わず揃っている。


「チッ……連携してやがる!」


 イグニスが舌打ちしながら後退し、拳から火花を巻き上げる。


「ティナ、障壁を前に寄せて!」


「もう出してる!」


 即座に応じ、二枚の障壁が重なるように前方へ展開される。


 その瞬間――


 魔獣の一体が、躊躇なく障壁に突っ込んだ。


「え……?」


 障壁が軋むほどの衝撃が響き渡る。


 だが、狼の魔獣は怯まず、再度突進する。


 骨の軋む音を響かせながら、その個体は自らの体を犠牲にして障壁を押し込み――


 後続の一体が、その隙間から滑り込む。


「なっ……!」


 クリスの反応が一瞬遅れる。


 その喉元へ、牙が迫った。


「――っ!」


 クリスは咄嗟に身体を捻る。頬を掠める熱と、鋭い風切り音。


 避けきれない。


 そう思った瞬間、視界の端で光が弾けた。


「下がれ、クリス!」


 イグニスの声と同時に、拳から放たれた炎が至近距離で炸裂する。


 爆炎に押し返され、魔獣の牙が僅かに逸れた。


 その隙を逃さず、クリスは後方へ跳び退く。


「助かったわ……!」


「礼はいい!」


 距離を取りながら、イグニスは舌打ちする。


「ちっ……こいつら、思ったより厄介だな」


 狼型の魔獣だけあって、その移動速度や俊敏性が高い。更に、表面の皮膚は剣を通さないほどの硬さを備えてる。

 だが、それよりも厄介なのは――


 生物としての理性や感情が読み取れないことだ。


「狂ったように獲物に喰らいつこうと……」


 クリスは魔獣を見つめながら、小さく呟く。


 目の前の獲物を仕留めるために、何度も障壁に突進し、脚や首がへし折れた個体は徐々に動かなくなり、霧散して消滅した。


 仲間が消滅したことさえ気にすることなく、残りの一体がクリスたちを睨み付ける。


「……何にしても、こいつで最後だ」


 イグニスは拳を構え、炎を纏う。


「クリス、やつの気を引いてくれ……次で仕留める」


「ええ、わかったわ」


 クリスは両手に剣を構え、真空の刃を撃ちながら距離を詰めていく。


 魔獣はその攻撃を躱しながら、向かってくるクリスへと牙を剥ける。


「……っ、当たらないわ」


 牙を剣で受け流しながら、背後に回り込み斬り払う。


 しかし――キンッと甲高い音とともに弾かれてしまった。


 (やっぱり、剣では致命傷にはならないか……)


「クリス!伏せろっ」


 イグニスの声に、クリスは身を低くして後退する。

 それと同時に後方から炎槍が突き抜けた。


 炎の槍は牙を剥く魔獣の口へ突き刺さり、内側から爆ぜるように消滅した。


「ふぅ……なんとかなったわね」

 

 クリスは剣を収めながら、イグニスへ声をかける。


「イグニスがいなかったら、やばかったわね」


「はっ、感謝しろよ? っても、今回のは面倒な相手だったな」


 イグニスたちは、魔獣が消えた痕を見つめながら険しい表情を浮かべる。


「そうですね。とにかく、集落に戻ってマドゥルク先生に報告しましょう」


 ティナの言葉に二人も顔を見合わせて頷き、集落へと戻ることにした。

 


 ――集落


 木造の簡素な建物の一室。


 三人の報告を聞いた白髪の老人は、しばらく黙り込んでいた。


「……あんたたち、無事に帰ってきてくれて良かった。ありがとうよ」


 白髪の老人は、三人が無事に帰ってきたことに安堵の表情を見せる。


「いえ、マドゥルク先生が私たちを見つけて、集落に受け入れてくれたんだもの……魔獣の討伐くらい、いくらでも請け負うわ」


 クリスが答える。


「ああ。つってもクリスは今回、あんま役に立たなかったじゃねぇか」


 イグニスが皮肉混じりに告げる。


 その様子に、ティナは少し困ったような顔で口を開いた。


「今回のは、相手が悪かっただけですよ。クリスさんが惹きつけてくださったから無事に討伐できたんですから」


 三人のやりとりを見て、マドゥルクは深く息を吐いた。


「やれやれ、賑やかな子たちだよ……しかし、魔獣の出現頻度が多くなってる気がするね」


 マドゥルクはゆっくりと顔を上げる。


「あんたたちのおかけで、集落への被害は抑えられてるけど……この調子じゃ、ここで暮らしていくのも厳しいかもしれないね」


「そんなに、魔獣が増えてるの?」


「ああ、教国に近い場所ほど増えてるんだよ。少し前まではこんなんじゃなかったんだけどね」


 マドゥルクは物憂げな表情でそう言うと、暗い話題を振り払うように笑顔を見せた。


「さて、あんたたち、お腹空いてるだろ?何か食べていきな」


「お、いいね、婆さん。ちょうど腹が減ってたんだよ」


「ちょっと、イグニス!マドゥルク先生に失礼でしょう!」


「そうですよ、先生、申し訳ありません」


「ははは、そんなに畏まらなくていいよ。あたしゃただの婆さんなんだからね」


 そう言って、幸せそうに笑うマドゥルクの顔を見つめながら、クリスは静かに思いを馳せる。


 (ラジム……あなたが繋いでくれたこの命、無駄にはしないわ。必ず、教国の研究を止めてみせるから)

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