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64話 教国の調査

 ――商業都市カレドニア


 商業ギルドが管理する会議室。

 円卓を囲む面々の間には、張り詰めた空気が流れていた。


 カレドニア警備隊隊長アルフテッド。

 商業ギルド代表ルディ・ローレンス。

 クロイツ教会の神官にして治癒師養成学院准教授でもあるモニカ。


 そして――その端に、ディランとフラムが控えている。


「……なんだか、場違いな気がするんだが」


 ディランが小声で呟く。


「私たちも教国に潜入するんだから、聞かないわけにはいかないでしょ」


 フラムは視線を向けずに返す。


(まぁ、そうなんだが……)


 ディランは軽く息を吐き、視線を円卓へ戻した。


 ――妙な緊張感がある。


 戦場とは違う、張り詰めた空気。


 その中心で、ルディが立ち上がる。


「カレドニア商業ギルド代表、ローレンス商会のルディです」


 静かに一礼する。


「本日は、マナウルス教国の動きについて、今後の対応を協議するためにお集まりいただきました。モニカ卿、遠路よりお越しいただき、感謝申し上げます」


 そう言ってモニカへ頭を下げるルディに対し、モニカは慌てて手を振った。

 

「あ、頭を上げてください!教国の件については、我々も無関係ではありません。このような場を設けていただき、感謝するのはこちらの方です」


 椅子から立ち上がり、モニカも頭を下げた。


「このような場に、教会の代表であるアルデルトが不在であること、お詫び申し上げます」


 ルディは小さく首を振る。


「事情は伺っております。こうして来ていただけただけで十分です」


 そのやり取りの後、アルフテッドが口を開いた。


「カレドニア警備隊隊長のアルフテッドです。先の件では、到着が遅れ、申し訳ない」


 そう言って彼は頭を下げた。


「いえ、救援に来ていただいて感謝しています」


 モニカもそれに応じる。


 それぞれの挨拶が済むと、そのまま場の空気が本題へと移った。


「では、本題に入りましょう」


 ルディが視線を巡らせる。


「すでに共有している内容もありますが、改めて確認しましょう」


 その言葉で会議室の空気が再び重くなる。


「教国が人を攫い、魔獣と融合させる実験を行っていることは明白です。加えて、先日のギュメルの件」


 言葉を区切る。


「あの事例も、教国の関与によるものと見て間違いないでしょう」


「……ええ」


 モニカが頷く。


「確認させていただいた情報でも、教会で遭遇した魔人とは異なるものだと考えられます。どちらにしても、何らかの外的要因が関与していると考えられますが」


 感情は表に出さず、淡々と分析を述べていく。


「そして――」


 ルディが続ける。


「我々の調査でも、教国はマナ因子と呼ばれるものの研究を進めていると新たに情報が入っています」


 その言葉に、全員が首を傾げる。


(マナ因子……)


 ディランの意識がそこに引っかかる。


「現時点では詳細は不明です」


 ルディは続ける。


「ただ、教国がこれまで行っていた研究を鑑みると、人体に何らかの影響を与えるものと考えられます」


「……ギュメルの件と、関係している可能性があると」


 モニカが確認するように言う。


「その可能性は高いでしょう」


 ルディが静かに言う。


「このまま静観している訳にも参りません……それで、教国内部への潜入調査を提案したい」


 一斉に視線が向けられる。


「警備隊とクロイツ教会、双方の協力を依頼したいのですが……」


 言葉は穏やかだが、その雰囲気は重い。


「異存はありません」


 アルフテッドが応じる。


「教国の動きは無視できるものではありません。既に、多くの子供たちが攫われ命を落としています……警備隊としても早急に対策を講じたい」


「私も賛成です」


 モニカも続く。


「教会としても、これ以上の被害が広がることを放ってはおけません」


 ルディは頷く。


「ありがとうございます」


 そして視線を移す。


「ディラン殿、フラム様」


 名を呼ばれる。


 ディランは体を起こした。


「お二人にも、教国への潜入に参加していただきたい」


「……ええ、もとよりそのつもりです」


 短く答える。


「危険な任務となりますが、よろしいのですか?」


 確認の言葉。


 ディランは一度だけ目を閉じる。


 浮かぶのは、これまでの出来事。


 そして――イスフィールの仲間や家族の顔。


(……放っておける話じゃない)


 静かに目を開く。


「問題ありません」


「……わかりました。お二人に潜入任務の主軸を担っていただくこととなりますが」


 そのまま視線をアルフテッドへ向ける。


「警備隊としては、どこまで関与が可能ですか」


「表立った行動は難しいですね」


 アルフテッドは眉間に皺を寄せながら少し俯いた。


「下手に動けば、すぐに勘付かれてしまう」


「つまり、支援は限定的になると」


「はい、ディラン殿たちに負担をかけてしまうことになりますが……教国で動きがあればすぐに動けるように動向は探り続けます」


 潜入捜査において、アルフテッドたち警備隊の者たちが動けば目立ってしまう。


「そうですか……我々も隠密行動に長けた者たちを使い、ディラン殿たちの支援を行えるよう指示を出しておきましょう」


 ルディはそのまま視線をモニカへ移す。


「教会側はいかがでしょうか」


「私たちの方でも潜入部隊を派遣いたしましょう。ディラン様たちと同行させていただいてもよろしいですか?」


 モニカはディランへ向き直る。


「ええ、それは心強い」


 ルディは一度目を伏せ、考えをまとめるように間を置いた。


「では、我々は後方支援に回り、情報の収集と共有を行う形にしましょう」


 異論はない、それが現実的な落としどころだった。


「潜入経路についてですが」


 ルディは机上に置かれていた資料へ手を伸ばす。


「現在、教国へ向かう交易路はいくつか存在します。その中でも比較的監視が緩いのが――」


 紙の上に指を落とす。


「南側の山間ルートです」


 ディランは身を乗り出し、資料を覗き込む。


 簡易的な地図。


 いくつかの道が線で示されている。


「ただし」


 ルディが続ける。


「ここは魔獣の出没が多い区域でもあります。通常の商隊はあまり使わない」


「だから監視が薄い、ってわけか」


 ディランが呟く。


「ええ。その通りです」


「悪くないわね」


 フラムが地図を見たまま言う。


「多少の戦闘なら問題ないし、人目を避けられるならむしろ好都合」


「補給はどうする」


 アルフテッドが問う。


「長距離になる。途中での補給手段は確保しておくべきだ」


「いくつか隠れた中継地点があります」


 ルディは別の資料を取り出した。


「表には出ていない我々の諜報部が利用しているものです。こちらで手配しておきます」


「……ずいぶん用意がいいな」


 ディランが視線を向ける。


 ルディはわずかに肩をすくめた。


「商人は、情報と道を押さえてこそですから」


 (商人も大変だな……)

 

「最後に、我々の目的について整理しておきましょう」


 ルディが話を戻す。


「第一に、マナ因子の詳細についての調査」


「第二に、実験施設の所在の特定」


 モニカが続ける。


「可能であれば、被害者の救出も含まれます」


 その言葉に、わずかな沈黙が落ちた。


 ディランは視線を地図から外す。


「……優先順位は?」


 短く問う。


 ルディはすぐには答えなかった。


 一瞬だけ考え、そして口を開く。


「最優先は情報です」


 はっきりと言い切る。


「現状、我々は敵の全体像を把握できていません。無闇な行動は、かえって被害を拡大させる恐れがあります」


「……妥当ね」


 フラムが静かに言う。


「場所も規模もわからないまま動くのは、自殺行為に近い」


「ええ」


 モニカも頷く。


「ですが――」


 わずかに言葉を区切る。


「救える状況であれば、助けたい」


 視線がディランたちへ向けられる。


 ディランは一度だけ目を伏せる。


 そして、小さく息を吐いた。


「……同感です」


 短く答える。


 その声に迷いはなかった。


 ルディは全員を見渡す。


「では、方針は決まりました」


 ゆっくりと告げる。


「教国への潜入調査を実行に移します」


 教国の闇を暴くため、事態は動き出していた。

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