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63話 回帰-遺志-

 ――マナウルス教国


 クリスたちが囚われていた地下研究施設の上層にある教殿。

 マナと魔獣を信仰する教国の中枢、その最奥部に――ゲルハルトと諜報部隊の姿があった。


「ゲルハルト様、被験体三人を取り逃しました」


 静まり返った空間に、低い声が落ちる。


「首謀者である研究員は始末しましたが……」


 ラジムたちを追っていた男――ウルブが、淡々と言葉を続けた。


 ゲルハルトはわずかに視線を落とし、指先で口元をなぞる。


「貴重な被験体を三人……」


 短い沈黙。


 やがて、ゆっくりと口を開いた。


「それで?その首謀者の研究員とは誰だ」


「……ラジムという名の男です」


 その名が出た瞬間、ゲルハルトの目がわずかに細められた。


「ラジム……マナ因子を提出した若造か」


 記憶を辿るように、低く呟く。


「……惜しいな」


 ぽつりと零れた言葉。


「才能もあり、期待していたんだが……」


 しかし――と、僅かに口角が歪む。


「大人しく、研究だけしていれば良かったものを」


 冷たい声が、空間に落ちる。


「まぁ、最後に使える研究成果は残していったか」


 その言葉に、ラジムの死を哀悼する意は感じられなかった。


 ゲルハルトはゆっくりと顔を上げ、ウルブへと視線を向ける。


「ウルブ」


「はっ」


「お前の部隊を、新しい研究に使ってやろう」


 ほんの一瞬だけ、ウルブの眉が微かに動いた。


 だがそれもすぐに消え、感情のない声が返る。


「……仰せの通りに」


「安心しろ」


 ゲルハルトの声が、どこか愉悦を帯びる。


「マナ因子と魔獣の細胞を組み合わせ、適合試験を済ませてから処置を施してやる」


 その研究に使われることがどういうことか容易に想像できた。


 ウルブは黙って頷く。


 そこに拒絶も、疑問もない。


 ただ従うだけだ。


 ゲルハルトは小さく笑った。


「ラジムの理論……あれは使える」


 ゆっくりと言葉を噛みしめるように続ける。


「人体を壊さずに、マナ因子を定着させる発想」


「……これで、我らの悲願に近づける」


 本来、非人道的な研究をさせないために生まれたラジムの思想と研究成果――


 ゲルハルトはそれを利用し、マナとの適合実験を加速させるつもりだった。


 ゲルハルトの口元が、歪に吊り上がる。


「くくく……」


 低い笑いが、静寂を侵す。


 祈りを捧げるためのはずの教殿に、その音はあまりにも不釣り合いだった。


 それは――


 我欲と愉悦に満ちた笑いだった。



 ――その頃、クリスたちは


 黒い闇に飲み込まれた感覚の直後、重力が唐突に戻ってきた。


 足が地面に触れ、身体が大きく揺れる。


「……っ!」


 クリスはたまらず膝をついた。


 遅れて、湿った土の匂いが鼻を刺す。


 木々のざわめき。風の音。遠くで鳴く獣の声。

 徐々に五感を取り戻しながら周囲の状況を確認する。


「はぁ……はぁ……」


 荒くなった呼吸を整えながら、顔を上げる。


 そこは見覚えのない森だった。


 背の高い木々が空を覆い、差し込む光はわずかに揺れている。


「ここ……どこ……?」


 ティナが震える声で呟く。


「……分からない。だが、外には出られたみたいだ」


 イグニスが周囲を警戒しながら答えた。


 それから三人は、しばらく黙ったまま俯いていた。


「……ラジムさんは?」


 その静けさの中、ティナがポツリと呟いた。


 その一言で、張り詰めていた気持ちの糸が揺れる。


 クリスは振り返り、そこにいたはずの人間を探す。


 当然、そこには誰もいない。


 (わかってる……)


 目を閉じると、あの瞬間が脳裏に蘇る。


 ――追手の刃がラジムの背に突き刺さった

 ――それでも、私たちを逃すために端末を操作し続け

 ――痛みと苦しみに耐えながら最後に伝えた言葉


『――ごめんなさい』


「……なんで……」


 絞り出すような声が、地面に落ちた。


「なんで、あんたが謝るのよ……」


 クリスは唇を振るわせながら続ける。


「悪いのは、教国の……ゲルハルトと、ジェニウスとかいうやつじゃない」


「ああ……このままじゃ、すまさねぇ」


 クリスの言葉に頷きながら、イグニスは怒りと悔しさを押し殺すように、拳を強く握りしめていた。


 ティナはその場に座り込んだまま、俯いている。


「……生きて、いますよね」


「ティナ……あの傷じゃ、もう」


 涙がぽたりと落ち、土に染み込んでいく。


 誰も言葉を返せない。


 風が木々を揺らし、葉の擦れる音だけが静かに響く。


「……ここで止まってはいられないわ」


 クリスが二人に声をかける。


「ええ……ラジムさんが命を懸けてまで逃がしてくれたんですもの」


「だな……」


 イグニスとティナが顔を上げる。


「私たちのやるべきことをしましょう」


 クリスは前を見据える。


「教国に……」


 そこで言葉を止め、力強く言い放った。


「ゲルハルトに……借りを返すわよ」


 風が強く吹き抜け、木々がざわめく。


「ああ、絶対にぶっ飛ばしてやる」


 三人の視線が前を向く。


 ここがどこなのか、これからどこに迎えば良いのかもわからない。


 それでも――


 三人は歩き始めた。

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