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62話 脱出ー断絶ー

 ――


 「……待て」


 男の低い声が、通路に落ちる。


 四人は足を止め、男の様子を伺う。


 ラジムは一歩だけ前に出て、自然に三人を庇うような位置に出る。


「何か御用でしょうか」


 震えそうな声を抑え、平静を装う。


 黒装束の男はゆっくりと歩み寄り、無感情な視線がラジムに刺さる。


「転移装置を使うのか」


 施設長から受け取った転移装置の起動板を見て、男が静かに声をかける。


 ラジムは一瞬だけ思考を巡らせる。


「施設長からお借りしました。臨床実験に関する確認のため、転移装置の使用許可をいただいています」


 嘘は言っていない。


 男は足を止めて、真意を探るようにじっとラジムの瞳を覗き込む。


「……」


 男は表情を変えずに視線だけを動かし、ラジムの背後にいる三人を捉えた。


 クリスたちは顔を伏せたまま動きを止めた。

 緊迫した空気の中、白衣の裾がわずかに揺れる。


「……そいつらは?」


「助手ですよ。検体や必要な資料を運んでもらってるんです」


 男は黙ったまま、さらに一歩近づいた。


 距離が詰まると同時に、空気がピリつく。


「顔を上げろ」


 短く言い放つ。


 クリスの肩がわずかに揺れた。


 ラジムの思考が一気に加速する。


(ここで気づかれたら、終わる)


「――待ってください」


 ラジムが一歩踏み出す。


 男の視線が、再びラジムへ戻る。


「私たちも急いでいるので、そろそろ失礼します」


「そんなことは関係ない」


 言葉を遮られた。


 男の手が、ゆっくりと腰へ伸びる。


 その動きに、ラジムの背筋が凍る。


(……ダメだ)


 誤魔化しきれない。


 そう判断した瞬間だった。


 ラジムは手にしていた黒い板を強く握りしめた。


「走ってください!!」


 叫びと同時に、ラジムは男へと体当たりする。


 完全に意表を突いた一撃。


 男の身体がわずかに揺れる。


「――なっ!」


 その隙に、ラジムは無理やり道をこじ開けた。


「はやく!!」


 クリスが顔を上げる。


「行くわよ!」


 四人が一斉に走り出した。


 その直後――


 鋭い殺気が背後から弾ける。


 ラジムは振り返らずに、走り抜けた。


 通路の奥へ、転移装置のある区画へと……すべてを振り切るために。


 通路を駆ける足音が、硬質な床に連続して響く。


「こっちです!」


 ラジムが先導する。


 背後で、遅れて諜報部隊の男が迫る。


「逃がさん」


 軽い身のこなしで、瞬く間に距離を詰める。

 

(はやい……!)


「ラジム、どっちだ!」


「こ、この先を左です、その奥に転移装置があります!」


 曲がり角を滑るように抜ける。


 視界の先に重厚な扉が見えた。


「――あそこです!」


 ラジムは黒い板を掲げ、そのまま扉へと駆け込む。


 扉の前で板をかざすと、鈍い音とともに鍵が解除される。


 次の瞬間、四人は中へ雪崩れ込んだ。


 背後から近づく足音を背に、ラジムは端末へと駆け寄り、転移装置を起動させる。


「イグニス!」


「分かってる!」


 イグニスが扉を力任せに押し込み、追手が扉に手をかける寸前に閉じきった。


 直後、外から激しく叩かれる衝撃と鈍い振動が部屋全体に響いた。


「……いけるの?」


 クリスが息を整えながら問う。


「はい、少し待ってください」


 ラジムは端末に黒い板を差し込むと、装置が低く唸りを上げる。


 中央に設置された円形の台座に、淡い光が灯り始めた。


「急いでください、あそこに!」


 三人が台座へと駆け寄る。


 黒い靄が、ゆっくりと台座を包み込んでいく。


 ――だが。


 ガンッ!!


 背後の扉が大きく歪んだ。


「……きゃっ!」


 ティナの声が震える。


 ラジムは歯を食いしばる。


「まだです……あと少し……!」


 端末の刻印が一つずつ点灯していく。


 だが、その進みは遅い。


(はやく……急いでくれ……!)


 ドンッ!!


 再び衝撃。


 金属が悲鳴を上げる。


「ラジム、まだか!」


「あと……少し……!」


 その時だった。


 ギィ、と嫌な音を立てて、扉の一部が内側へと歪んだ。


 隙間の向こうに、黒装束の影が見える。


「手間をかける……」


 低い声。


 次の瞬間、鋭い何かがその隙間から放たれた。


「っ!」


 ラジムが咄嗟に身を引く。


 しかし――


 ズブリ、と鈍い感触が背中を貫いた。


「……っ、ぐ……!」


 呼吸が止まる。


 遅れて、焼けるような痛みが走った。


「ラジム!」


 クリスの叫び。


 ラジムは崩れ落ちそうになる身体を、無理やり支える。


 振り返る余裕はない。


 痛みに耐えながら、端末を操作する手だけは離さずに……


(ここで止めたら……彼らが……!)


 視界が揺れる。


 意識が霞む。


 それでも――


「……これ…で!」


 無理やり声を絞り出す。


 装置の光が、一気に強まった。


「間に……あっ……」


「ラジム、手を出して!」


 クリスの声。


 だが、ラジムは動かない。


 いや、動けない。


 背中に残った刃が、白衣を赤く染めていく。


「ラジム!」


 クリスが叫ぶ。


 その瞬間――


 バキンッ!!


 ついに扉が破られた。


 黒装束の男が踏み込んでくる。


「無駄なことを……」


 冷たい声。


 ラジムはゆっくりと息を吐いた。


 そして――


 最後の力で、男へ向き直り両手を広げる。


「――ごめんなさい」


 闇が弾けた。


 視界が黒く塗り潰される。


 クリスたち三人の姿が、闇の中に溶けていく。


 次の瞬間、三人の姿は消えた。


 静寂。


 残されたのは、ラジムと――


 黒装束の男。


「……どこへ転移させた」


 男が呟く。


 ラジムは膝をつきながら、ゆっくりと息を整えた。


 背中から伝う血が、床を濡らしていく。


 だが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。


「……これで、いい」


 (これは、罰だ……教国の研究に協力してきた……僕自身への)


 血の気が引いていき、薄れていく意識の中で自分の死を自覚していく。


 (せめて……僕の、研究……を)


「最後……ま……で」


 視界の端が黒く染まり、彼の意識は途絶えた。

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