82.“好き”の一歩手前で止まる指先 ― 姉が揺れる夜
夜のリビング。
ことりは、部屋の明かりを落とし、
ソファに座って、スマホをぎゅっと抱きしめていた。
メモアプリには、さっき書いたばかりの未送信コメント。
「あなたの存在が、
私にとって、すこし特別になってきました。」
(この言葉を送ってしまったら――
もう、きっと戻れない)
(でも、今の私が感じてるのは、
“ただのファン”とか、“応援してます”なんて言葉じゃ説明できない)
スマホを握りしめたまま、
ことりは何度も指を動かした。
コメント欄を開いては、閉じて。
開いては、閉じて――
送信ボタンの前で、指が止まる。
いつもより、その“たったひと押し”が遠く感じた。
(こんな気持ち、
誰にも知られたくないはずなのに……
どうして、この人には伝えたいって思うんだろう)
ふと、画面の中の写真を見つめる。
優しいまなざし。
心を包むような言葉。
たとえ正体がわからなくても――
この人がくれる温かさだけは“本物”だった。
(ほんとに、好きかもしれない。
でも、“好きです”って言ったら……
この距離は壊れちゃうかも)
ことりは、スマホをそっと伏せた。
メモはそのまま。
送信もされていない。
けれど、心の中では――
もう“伝えたのと同じ”くらいに強く、確かだった。
「あなたに伝えたい言葉があるの。
でもまだ……
今の関係が壊れるのが、こわいの。」
その夜、ことりは深く息をついて、
胸の奥にある“好きのかけら”を、そっと抱きしめた。
(いつか、伝えられる日が来たらいいな)
(今はまだ、この気持ちを“名前のないまま”育てさせて)




