70.「送っちゃおうかな…」 ― 想いが指先に乗ったその瞬間
夜。
ことりは、ベッドの上に座りながら、スマホを片手にぼんやりしていた。
画面には、@trace_nao のプロフィール。
新しい投稿は――まだなかった。
けれど、数日前の写真。
あの“守るような笑顔”のキャラの投稿が、ずっと心に残っていた。
ことりは、その投稿を開く。
写真を見て、キャプションを読んで――そっと目を閉じる。
(やっぱり、この人の言葉って…
優しすぎて、ずるいよね)
ふと、指が動いた。
コメント欄を開く。
キーボードが表示される。
いつもなら閉じてしまうその画面。
でも、今日は――指が、止まらなかった。
ことりは、ゆっくりと打ち始めた。
「あなたの投稿、いつも楽しみにしています。
最近見かけなくて、少しだけ寂しかったです。
でも、また気持ちが整ったときに、
あなたの世界を見せてもらえたら嬉しいです。」
そして、最後にそっと付け加える。
「ありがとう。
ほんのりした優しさに、たくさん助けられています。」
送信ボタンが、目の前にあった。
ことりの指が、その“青いボタン”の上にそっと乗る。
(今押せば、この人に届く。
私の気持ちも、きっと――)
けれどその瞬間。
心の奥で、ほんの少しだけ、不安がささやいた。
(届いたあと、もし相手が困ったら?)
(こんな言葉、重かったかな?)
(“ただのファン”として見ていればよかったのに…)
ことりは、指を止めた。
そして、ゆっくりとコメント欄を閉じた。
(……もう少しだけ、待ってみよう)
でも、そのコメントは完全には消さなかった。
スマホのメモ帳には、打ちかけた文章が静かに保存されていた。
「あなたの優しさに、
私はちゃんと、救われてるよ」
そして、ことりは心の中で静かに決意する。
「次こそは、きっと――」




