62.ざわめきの正体 ― 名前のない感情と向き合う姉の夜
ベッドに入った後も、
ことりはスマホを握ったまま、眠れずにいた。
さっき見た投稿。
キャラの横顔と、あの一文。
「無理しなくていいって、笑顔で言われたときが
一番泣きそうになった。」
(どうして、
この言葉がこんなに刺さったんだろう)
ただの共感?
それともキャラへの没入?
違う。
なんだかもっと、自分だけが覚えていた感情を、
不意に掘り起こされたような――そんな感じ。
(この言葉、
前にも聞いたことがあるような気がする)
でも誰から?
いつ?
記憶をたどるたびに、
ふわっと浮かんでくるのは、
まだ尚人と暮らしていた頃の、静かな夜のこと。
(あの時…たしか私、
テレビもつけずに、リビングでうつむいてて…
“無理しないでって言われると、泣きそうになるんだよね”って)
(……あれ、誰かに聞かれてたっけ?)
(いや、まさか)
ふとスマホに目を戻す。
@trace_nao。
どんな人なのか、顔も知らない。
でも、言葉の選び方、目線のやさしさ、
キャプションの温度――
(何かが、ずっと引っかかってる)
(“誰かの代わりに、そう言う側になってみた”……)
まるで――
誰かに「届いてほしい」って思ってるみたいな。
気づけば、その投稿を何度も見返していた。
写真も、言葉も。
もう、暗記してしまいそうなくらいに。
ことりはスマホをそっと伏せて、
胸の前で軽く抱きしめるようにして、目を閉じた。
(あの人の言葉……
“誰かに伝えたい”というより、
“誰かに寄り添いたい”って感じがする)
(……だから、こんなに苦しくなるんだよ)
「知らない誰か」の投稿が、
「忘れていた気持ち」を、静かに揺らし続けていた。
ことりはその夜、
なかなか眠ることができなかった。




