53.“この笑顔で、誰かを守れるかな” ― 表情の稽古、鏡の前での葛藤
土曜の午後。
カーテンを少しだけ閉めた部屋の中で、
尚人は衣装に着替え、鏡の前に立っていた。
今回のテーマは――
「笑っているけど、守ろうとしてる」
ウィッグもメイクも、準備は万端。
でも――
一番大事な“笑顔”だけが、まだ掴めない。
(普通に笑ったら、このキャラっぽくない)
(でも、真剣すぎると怖くなるし…)
尚人は、何度も自分の顔を見つめる。
口元を上げる。
でも目元が硬い。
目元をゆるめると、今度はただの「いい人」っぽくなる。
(この子の“笑顔”って、
誰かの不安を全部抱え込んだ上で、
「大丈夫」って言ってる顔なんだ)
(本当はつらいのに、相手にそれを悟らせない…
そんな笑顔、俺にできるのか…?)
ふと、ノートに書いていたキャラのセリフを思い出す。
「だいじょうぶ。僕がやるから、君は泣いてていいよ」
その瞬間、尚人の顔に、
自然と“少しだけ苦しさを含んだ笑み”が浮かんだ。
(これだ…たぶん、
“全部笑顔じゃなくていい”んだ)
鏡の前で、何度も繰り返す。
口元をふわっとだけ上げる。
目元は、ちょっと迷いを残す。
眉はほんの少しだけ、下げる。
(“安心させたい”気持ちだけ、
そっと滲ませる感じで)
パシャ。
シャッター音が、部屋に静かに響いた。
尚人は、モニターに映った写真を見つめて、
ゆっくりと息を吐いた。
「……この顔、姉ちゃんにも伝わるといいな」




