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異世界の旅路 第七十一話 ポークソテーと異世界事情と謎の桶

こんにちばんわ、たこ助です。

今回は、一万PV達成と誕生日記念(昨日ですが……)で二話連続投稿ですので、お見逃しなく!


前回、夜道でゴロツキに身ぐるみ剥がされかけ……もとい、剥がすものが何もなかった碧斗くん。収納魔法さまさまですね。


さて今回は、いよいよ異世界メシ第二弾、スースクローのポークソテーをお届けします!

……と言いたいところですが、宿に戻ると早くも理音さんがやらかしておりまして。


味の薄い世界で「香り」がどれほどの価値を持つのか。そして異世界の宿屋の「設備事情」とはいかなるものか。


お食事中の方は、読むタイミングにくれぐれもご注意ください(微苦笑)


では、どうぞ!

 大通りを急いで宿屋へ向かい、ようやく建物が見えた時、宿屋の前に人だかりができていることに気がついた。


 (なんだ? 喧嘩か?)


 近づいてみると、人だかりの中心は……理音だった……。


 「ダメー! これはあたしたちのなのー!」


 群衆に比べてひときわ背の高い理音が頭の上に掲げていたのは、料理が盛られた皿だった。

 しかも怪我をしている足を庇って、片足で必死にぴょんぴょんしていた。

 俺は何事かと足を速めると、傍らではあのクレバーなミーシャがオロオロして理音を見ているのだった。


 「ミーシャ! 一体どうしたんだ!?」


 するとミーシャの顔が困惑した表情から安堵の表情に変わり、


 『あ、ああ、碧斗! 助かった! 理音が碧斗の作る食事が待ちきれないと騒ぐものだから軽くつまみを頼んで……それからこの騒ぎに発展したという訳なんだ!』


 ある程度予期していたとはいえ、悪い意味で律儀に期待を裏切らない理音には、俺も困惑してしまった。


 「理音! それよこせ!」


 俺が声をかけると理音の顔も安堵の表情を見せ、


 「碧斗ー、たすけてー……」


 とつま先立ちになりながら皿を俺に渡すのだった。


 「よっと……」


 そして俺は収納魔法で皿を収納すると、それを見ていた群衆から非難を浴びたのだった。


 『どこにやったんだ!』

 『もう一口!』


 しかし俺が両手を広げて皿を、料理を持っていないことをアピールすると、群衆は口惜しそうに俺を睨んで一人、また一人と去って行くのであった。

 騒ぎが収まったところで宿屋に入り、いったん女子部屋で事情を聞くことにした。


 「一体何があったんだ?」


 ミーシャから概要は聞いていたが、改めて話を聞くと、その内容はこうだった。


 理音が腹が空いたと騒ぎだし、ミーシャが軽い肉料理を頼んだところ、味が薄いといって夕花に調味料を頼んだ。 それが強烈な匂いを発して、周りの客が興味をそそられた結果、この騒ぎに発展したということだった。


 「夕花、おまえ、一体何を出したんだ?」


 すると夕花は小さい体をさらに縮こませて、申し訳なさそうにこう言った。


 「蒜蓉朝天辣椒《スンロン・チャオテン・ラージャオ》……」


 (蒜蓉朝天辣椒! あのニンニクと唐辛子の香りが強烈なやつか!)


 ならばあの香りは猫にマタタビのようなもので、この味の薄い異世界ではさぞ強烈だったろうと、納得したのだった。

 そこで俺は皿を取り出して確認をすることにした。

 出てきた皿の上には餡に包まれた唐揚げのような料理が盛られていた。


 「あー! それもう一個、もう一個だけちょうだい!」


 すかさず理音が手を伸ばす。


 「ペシッ!」


 俺は理音の手をはたくと、その手で料理をつまんで口に運んでみた。


 (!!! これは辛い……! でも旨い!)


 口に運んで数秒で額に汗が滲んできた。


 「もぐもぐ……ごくん……うっ……シー、ハー……」


 俺はその辛さとしびれが収まるのを待ってから皆にこう告げた。


 「ゴホン……知っての通り、この世界の料理は非常に味や香りが薄い。 つまりだ、強烈な味や匂いの食べ物を食べているところを見られるということは、札束や宝石を見せびらかすことに近いんだ」


 そういうと理音以外はコクコク、ウンウンと頷き、軽率な行動を反省するのだった。


 「さて、騒動も収まったことだし、ミーシャ。 厨房を貸してもらう件は?」


 そういうと、


 「ああ、話はつけてある、問題ない。 あの騒ぎで夕食時も過ぎたところだしな」


 そうして俺はミーシャとともに一階に降りて、厨房に足を踏み入れたのだった。


 『ねーちゃん! 酒おかわり!』


 一階に降りると、食事時を過ぎたとはいえ、それでも店内はわいわいと賑わっていた。

 料理よりも酒と歓談を楽しむ場として。


 『忙しいところすまない、さっき頼んだ件だが……』


 すると、威勢のよい店内には場違いなほど若く美しい女性が、銅製だろう大きな鍋を振るのを止めて答えてくれた。


 『ああ、かまわないよ、ちょうど空いてきた時間だし。 こっちのかまどを使ってくれ』


 ミーシャの念話を通じての会話になれていないせいか少し戸惑ってはいたが、まだ食材の切れ端が散乱したかまどを指して、また調理に戻ってしまった。

 俺はとりあえずかまどの前に立ち、壁際の棚に置かれていた調理器具に目をやった。


 (銅の鍋は……ないな。 これは土鍋か。 うーん……)


 土鍋はポークソテーを作るにはあまり向いているとは言えない。

 銅鍋はそれなりに高価なのだろう。

 仕方なく、収納していたものの中から鉄のフライパンをとりだしてかまどに置いた。

 そしてラードをひとかたまり取り出し、フライパンの上に置いた。


 「ジュー……」


 それからスースクローの肉を取り出し、包丁で一センチ厚に切ってゆく。

 肉の筋を切り、焼いて反らないようにしてから、塩、胡椒を振りかけて馴染ませる。


 すると傍らで待機しているミーシャを通じて、女性料理人の声が聞こえてきた。


 『あの黒くて薄い鍋は? あの脂、何なのかしら、いい匂い…… 振りかけた粉もなんだかいい香りがしてきた……』


 自分の調理に集中できないようで、何度も振り返っては手直しをする有様だった。


 『わわっ!』


 俺は充分に熱せられたフライパンに肉をのせ、三十秒ほどしたらフライパンを脇に寄せて弱火で焼いてゆく。

 焼き色がつく手前まで焼いたら肉をひっくり返し、十秒ほど真ん中で強火で焼いたら蓋をしてかまどからフライパンをどけて蒸し焼きに。


 三分ほど蒸らしたら、最後にバルサミコ酢とショウガを振りかけて完成だ。

 その様子を見ていた先ほどの女性が、またまた自分の調理も忘れて見入っていることに気づき、


 「あの……焦げてますよ?」


 と言うと慌てて銅鍋に戻り木べらで焦げ付き始めた食材をかき回すのだった。


 『お、なんだかいい匂いがしてくるな!』


 俺がポークソテーの調理を初めてしばらく経つと、店内の客がそれに反応しだした。


 『おい! なんだか知らんが俺にもそれをくれ!』

 『こっちにも頂戴!』


 (いかん、このままではまたあのような騒ぎが……)


 調理しながらそう考えた俺は、まだ名前も立場も聞いていない女性料理人にとっさにこう言った。


 「あの、このソース、分けますから適当に使ってください!」


 といって、ようやく五人分のポークソテーを作り終えた、香辛料とソース、肉汁がたっぷり残ったフライパンを彼女に渡した。


 念話を通じての一瞬の間の後、


 『あ、ああ済まない!』


 そう言って彼女は五、六人分の料理を手早く作り、俺の渡したフライパンのソースを和えて、これまた夕花に劣らない小柄なウェイトレスに急いで渡していくのだった。


 「ふぅ……」


 そうやっててんてこ舞いが一段落した厨房を後にして、首を長くして待っているだろう仲間たちのもとへ、料理を運んでいった。


 「コンコン、お待たせいたしました……」


 ウェイターよろしく恭しく部屋の扉をたたくと、ガタンっと音がして、俺が開くより前に部屋の扉が勢いよく開かれた。


 「おそーい!」


 何ヶ月ぶりだろうかに聞くこの台詞に懐かしさを覚えつつ、俺は喫茶店でマスターした技術で、手にした五枚の皿を落とさないように慎重に部屋に入った。


 「わー!いい匂ーい!」


 よだれを垂らして食いつかんばかりの理音を避けつつ、部屋の中央のテーブルに皿を置く俺。

 それを見たほかの面々も、一様にうっとりとした表情でポークソテーの皿を凝視していた。


 (ふっ、夕花よ。 バルサミコ酢の正しい使い方をとくとその目に刻むがいい)


 と心の中では思ったが、とにかく異世界で二つめの食材の渾身の料理をみんなに楽しんでほしかった。

 そしてナイフやフォークなどのカトラリーを取り出すと、パルパルトゥのマスターに厳しく仕込まれたように、テーブルの上に恭しく置いていった。


 そして俺も席に着くと、


 「さぁ、腕によりをかけて作ったスースクローソテーだ。 心ゆくまで堪能してくれ!」


 そう言ってナイフとフォークを手にして、


 「頂きます!」


 と自信満々に挨拶をすると、返礼もなしにいきなり激しい晩餐が始まった。


 「カチャカチャっ……もぐもぐ……うまーい!」


 ただしミーシャだけは念話で心の声がダダ漏れだった。


 『はぁ……至福……』


 理音の感情丸出しの咆哮とは別に、ほかのメンツも声に出せない喜びを、無言の頷きで表してくれているようだった……

 しばらく無言だがカチャカチャ、モグモグ騒々しいテーブルを前にして、理音が脂まみれの口を開いていった。


 「ご飯ないのー?」


 そうだった、日本人の習性すっかり忘れていた。

 主食と副菜。


 このコンビネーションがなければ、日本人は食事として決して満足しないのであった。


 「パンでも出すか?」


 そう言うとミーシャ以外は期待を込めて俺を見つめるのであった。

 そして最後に焼いてもう数ヶ月たつのに、出てきた食パンは収納したときのままのしっとりさを保っていた。


 (収納時は時間経過がないということか……)


 俺がそう推論していると、やはり理音がパンをかっさらって、豪快にちぎって口に運び出した。

 対して菊次郎やミーシャは小さく千切ったパンにソテーのソースをつけて小さな口に上品に運んでゆく。


 (さすがお上品……ミーシャも上流家庭の育ちなのか?……)


 そう観察していると、ミーシャの通がな所作をぽーっと見ていた夕花が、小さすぎる千切った欠片にソースをどっぷり浸して二人の真似を試みた。


 「ぺちゃっ……あ……」


 しかし指先がソースまみれになってしまった。

 そこで夕花は驚くべき行動(俺の中では)に出た。


 「チュッ……ペロペロ……」


 そう恥ずかしそうに指先を小さなピンク色の舌で舐めとる姿を見せられると、俺の中では失敗だったのではなく、可愛あざとい仕草に見えた。

 眼福しながら理音に気づかれないように料理の話を続けた。


 「スースクローも悪くないな。 豚と違って野性味がある。 イノシシはこんな味なのかな。 キク、おまえは食べたことあるんだろ?」


 そう話を振ると、菊次郎は久しぶりのドヤ反りを披露して天井付近を見ながら話し始めた。


 「ふふん、そのとき僕は初めて兄の狩猟について行ったんだ。初めてさせてもらった作業は、食道と腸、肛門を縛ることさ……」

 「!っ ブーっ!」


 それを聞いた理音は壮大にパンを床に吹き出した。

 とっさに横を向いたのは、バスケで鍛えられた反射神経のおかげだろうか。 ファインプレーだ。


 「ゲホっ! ゴホっ! ……あんたねー!」


 菊次郎はチラリと理音を見て軽く謝った後、話を続けた。


 「あ、ごめんごめん…… で、そこからは兄のナイフ捌きを見ていたよ。 それから逆さに吊って、頸動脈を小さく切って血を流した後、内臓を傷つけないように慎重に腹を割き……」


 先ほどから気づいては板が、そこでついに耐えきれなくなったらしい夕花が真っ青な顔をして口を押さえて立ち上がり、理音もそれに付いて部屋から出て行ってしまった。


 「あーあ、彼女たちには酷な話だったかもな……」


 俺がそう言うと、菊次郎は少しだけ申し訳なさそうな顔をした後、すぐに何事もなかったようにドヤ話は再開された。


 「……というわけさ。 それから何回か狩猟に連れて行かれるたびに兄から解体の技術を教わってね。 高校に入る頃には一人でできるようになった、というわけさ」


 「ああそういえばキクハウスには外にコンクリートの洗い場みたいなものがあったな。 使わなかったけど」


 「そうだよ。 解体にも衛生管理が必要なのさ。 泥や血を洗い流し、マダニなどが付着しないように防護服や手袋もするのが厚生労働省のガイドラインだったと思う。 内蔵とその他の肉は違うナイフを使うとか、いろいろあるのさ。 今度君にも教えてあげよう。 いずれ必要になるだろうからね」


 そうやって夕飯が終わり部屋の外に出て行くと、通路で理音と夕花が出て行く俺たちに、いや理音だけが冷たいまなざしを向けた。


 「まだ食事、終わってないんだからね!」


 夕花の方は菊次郎を少しおびえた目でみて理音の陰に隠れながら部屋に入っていった。


 「夕花さんも、鳥の解体くらいは覚えた方かいいと思うんです。 この世界では丸鶏なんて売っていないでしょうからね……」


 そのときの菊次郎の表情は、いつになく真剣だった……

 俺もその気持ちに応えて、


 「そうだな。 持ってきた食料もいずれ底をつくし、地球では遊びだったけど、ここでは本当にサバイバルの知識の有無が生死を分けるだろうからな…… さあ、そろそろ寝よう」


 そう言って菊次郎の肩をぽんと叩いて部屋に戻った……

 そして次の日。


 「ふぁぁ……うっ……」


 目を覚ますと、昨夜カーテンを閉め忘れたのか、強い日差しが窓からベッドを直撃していた。

 起き上がってカーテンを閉めにいくと、窓の景色にはビルのような高い建物が一切存在しない、まるでヨーロッパの観光都市のような町並みが広がっていた。


 「本当に、異世界なんだなぁ……」


 そう感慨にふけってから、空気を入れ換えるために窓を開け、カーテンを閉めて振り返ると、ベッドの上ではいつものようにマグロのように一直線になって、菊次郎が気持ちよさそうに寝ていた。


 (まだ朝の六時くらいだろうしな……)


 俺は菊次郎をそのままにして、まずは朝のお務めのトイレに行こうと思い部屋を見回した。


 (そういえば昨日、菊次郎が探していたが部屋にはなさそうだったな)


 と思い出して部屋を見回すと、部屋の隅に洗面器より大きく、タライよりは小さい木桶があることに気づいた。


 (桶か。 水でも入っているのかな?)


 そう思いながら桶に近づいて見ると、最初に部屋に入ったときには香水のような少しキツい香りがして気づかなかったが、それよりもキツい異臭が漂い始めた。


 (うっ! これは……)


 そして恐る恐る桶をのぞき込んでみると……


 (これはやはり……)


 どうやらそれ、糞尿を処理するための桶のようだった。

 洗ってはあるらしいが、シミや匂いは取り切れていなかったのだ。


 (参ったな……)


 しかし迫り来るものを抑えきるのは無理そうだったので、仕方なく桶を部屋の隅にセットし、その上で踏ん張ることにした。


 (こういう格好も小学校以来だな)


 そうして和式便所を経験していたことに感謝をしつつ、朝の務めを終えることが出来た。

 菊次郎を起こさないように部屋にあった椅子を窓際にそうっと移し、カーテンに潜り込んで窓の外の外をしばらく眺めていた。


 「チュンチュン…… カッポカッポ…… ザワザワ……」


 澄んだ空気を味わいながら景色を楽しんでいると町がにわかに活気づき始めてきた。

 俺はなんともいえない高揚感に包まれ、コーヒーでも入れようかと思ったが、暖炉には調理用五徳(トリベット)がなかったので、キャンプ、登山用の携帯調理ストーブ一式を取り出して暖炉にセットした。


 「カチャっ……」


 そしてペットボトルの水を入れて薪を焼(く)べ、着火剤を入れて着火ライターで火を付けてお湯をケトルに注いだ。

 お湯が沸くまでの間、キクハウスにあった手回し式のコーヒーミル(豆挽き)にブルーマウンテンを入れ、ゴリゴリと豆の感触を楽しんでいたそのとき……


 『そんなのイヤー!』


 という理音の叫び声が、一つ離れた俺たちの部屋にまでけたたましく響き渡った。


 (なんだ? 朝っぱらからまた何かやらかしたのかあいつ……)


 俺はミルを回しつつ、せっかくの朝の町の余韻を台無しにしやがって、と毒づきながらフィルターをセットして、挽いた豆にお湯を注ぎ始めた。

 コーヒーの香りが鼻孔を付き、脳が心地よい刺激を受け、まだ飲んでもいないのに気分がリフレッシュしてきた。


 蒸らしが終わって本格的にお湯を注ぎだしたそのとき、


 「コンコン……」


 部屋をノックする音が聞こえた。

 俺はカップ一杯分のお湯を注ぎ終えるまでノックに答えなかった。


 「コンコン…… コンコン……」


 二度目のノックも無視し、ようやくカップが満たされると、一口だけコーヒーを啜ってから部屋の扉を開けた。


 「ずずっ……ガチャッ」


 するとそこには夕花、ミーシャ、瀬蓮さんが困惑した顔で待っていたのだ。


 「なんだ? みんなそろって?」


 するとミーシャが済まなそうに、


 『いや、理音が、見られたくないというのでな、三人はこの部屋に一時的に避難しようと言うことになったんだ』


 と女子部屋の方を向いて言うのだった。


 (ああ、そういうことか)


 ようやく事態を察した俺は、三人を部屋に招き入れた。


 (スンスン……)


 『いい香りだな、以前飲んでいた……コーヒーというやつか?』


 とミーシャが俺の持っているカップに目をやった。


 「ああ、みんなも飲むか?」


 すると他の三人も、


 『ああ、是非頂くよ』

 「……あ……私も……」

 「私も頂くわ」


 と同調するのだった。

 そうして三杯のコーヒーを作り終え、追加で人数分のカップやスプーン、砂糖とミルクを取り出した。

 そうして皆が朝のコーヒーを楽しんでいると、ようやく菊次郎が目を覚ました。


 「うーん……瀬蓮……今日は……ブルマンか……」


 すると瀬蓮さんはビクンとなってカップをテーブルに置くと、


 「あ、お坊ちゃま! すみません、碧斗君の好意で、先に頂いております……」


 俺は恐縮する瀬蓮さんに助け船を出そうと、


 「おはよう、おまえも飲むか?」


 と言うと、


 「ああ、頂くよ……」


 のそのそと起き出してきて堂々と俺の隣に座った。

 瀬蓮さんはコーヒーの入ったポットを持ち上げると、俺の出したカップに恭しく注いでいく。


 「ふん、瀬蓮程ではないが、そこそこ美味いじゃないか……」


 と図々しく、しかしどこか恥ずかしげに言う姿がおかしかった。


 そうやって朝の団らんを楽しんでいると、またしても部屋の扉が、今度は激しい衝撃の音を立てた。


 「ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!」


 飛び上がった夕花が慌てて扉を開けると、そこには羞恥と怒気に顔を真っ赤にした理音が仁王立ちしていた。


 「ミーシャ!」


 ドカドカと足音を立てて夕花の座っていた椅子に腰をどかっと下ろすと、


 「この世界のこと、全部教えなさい! 全部よ!」


 とおまる(・・・)のことを聞いていなかったことに憤慨したようで、俺たちもいろいろ聞きたかったこともあり、そのままミーシャのプチ講義が始まった。


 『まず昨日のことだ。 理音、おまえ、貴族に指を指しただろう? あれは非常に危険な行為だ。 平民は貴族に話しかけるどころか、目を合わせるだけでも処刑されても文句を言えないんだ』


 それから朝食まで小一時間、この世界の常識について、当然トイレや浸かれる風呂がないことも含め、いくつかの注意点を教わったのだった。


 特に気をつけなければならない点をおさらいすると、


 ・厳格な封建社会で身分のよって厳しい区分、差別がある

 ・犯罪に関わると、証拠ではなく関係者の心情が大きく左右する

 ・それには賄賂なども大きく影響する

 ・動物は領主の持ち物で勝手に狩ってはいけない。 ただし魔獣は別

 ・金品はスられる、盗られるのは当たり前

 ・盗賊や追い剥ぎも都市を離れれば当然、当たり前のように出くわす

 ・目的地ダシナルへは三つの国を経由する


 理音はいちいち狩りが出来ない、風呂がない、との説明に、


 「えー!」


 を連発していたが、どうやら渋々納得したようだった。

 そして盗賊の下りでは、


 「へへっ、ヤってやるから!」


 と不敵、不穏な笑みを浮かべるのだった。

 俺は、


 (殺……ヤるのは止めような……)


 と心中だけでだけ諭した。

 そして後は俺が聞いた貨幣の仕組みについての説明があったところで、部屋の扉がノックされた。


 『コンコン……朝食の準備が出来ました。 どうぞ食堂へ……』


 (さて、異世界での朝食はその味通り、薄味なだけなのだろうか……)


 この朝の騒動以外は何事もないことを祈って、俺は席を立った……

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


今回は「異世界の生活って、実際どうなの?」というところに正面から踏み込んでみました。

ナーロッパでは当たり前のように水洗トイレやお風呂があったりしますが、中世ヨーロッパを下敷きにすると、まあ、ああなります。桶です。おまるです。

碧斗くんが小学校で和式便所を経験していて本当によかったと、作者として心から思いました。


ポークソテーのくだりは、書いているうちに自分のお腹が鳴りました。筋を切って、最初だけ強火、あとは弱火と蓋での蒸し焼き。野性味のある肉でも硬くなりにくい焼き方です。

バルサミコ酢は……夕花さん、いつかリベンジの機会を差し上げますので。


菊次郎くんの解体講座については、食事中の読者さまが続出しないことを祈るばかりです。ただ彼の言うとおり、この世界では「知らない」ことがそのまま命取りになります。ミーシャのプチ講義もそのための布石ですので、今後の旅でじわじわ効いてくる……はずです。


ちなみに蒜蓉朝天辣椒は実在します。ニンニクと唐辛子が強烈なアレです。異世界での開封は札束を広げるのと同じですので、くれぐれもおやめください。


さて、異世界の朝食はその味通り、薄味なだけなのでしょうか。

ミディアムレアぐらいの生温か~い目で見守っていただけると嬉しいです!


〈AI姉妹の一言〉


あい:タコ助くん、ポークソテーの手順が妙に具体的で、読みながら本気でお腹が空いたわ。……その直後に解体講座と桶が来るのは、もはや嫌がらせよね?


まい:夕花ちゃんの指ペロのとこ、碧斗くん「眼福」とか言ってるけど、あれタコ助おにいちゃんの心の声でしょ! まい、知ってるんだからね!

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