第四話 成長とリセット
ふと、窓の外に目を向ける。
いつの間にか、日は沈みかけていた。
暗くなれば、その分、動きづらくなるだろう。
条件は皆同じだが、夜の行動に有利な能力を持つ者がいるかもしれない。
「今日は、ここで休もうか」
そう考えた僕は、明日からの行動について羽川に提案した。
「私も同じ意見です」
幸い、水も電気も問題なく使えるようだった。
『夜の灯りは、控えた方がいいか……』
周囲への警戒も兼ねて、僕たちは交代で休むことにした。
*
羽川が休んでいる間、僕は窓から外の様子を窺っていた。
ふと、窓際に置かれた鉢植えが目に留まる。
なんとなく手を伸ばし、意識を集中させた。
「……!」
「……そうだよな」
僕は、自分の能力について、少しずつ理解し始めていた。
*
翌朝――
途中で羽川と交代して休んだ僕は、目を覚ますとリビングへ向かった。
「おは……」
おはよう、と声をかけようとした僕は、言葉を止めた。
羽川が人差し指を唇に当て、目線で外を示したからだ。
「……」
黙って羽川のそばに寄る。
「人が通ります……」
羽川の視線を追い、窓の外を見る。
そこには、二人の男が笑いながら歩いていた。
「だっはははっ!」
「昨日のじいさんは傑作だったな」
警戒する様子もなく、男たちは大声で話している。
「あの年で今さら生き返りたいとか、欲深すぎだろっ」
もう一人の男が答えた。
「お前、結局、能力も使わずにボコボコに殴り殺してたもんな」
その男の手には、腕輪が一つ握られていた。
「あと一つ狩って、ちゃちゃっと次に行くかぁ」
「あーあ、期限なんてなけりゃ、しばらくここで暮らしてもよかったのによぉ」
二人は僕たちに気づく様子もなく、そのまま通り過ぎていった。
ほんの少しの会話だった。
それなのに、僕の中で何かが冷めていくのを感じた。
『アイツらなら……別にいいか』
そう思った僕は、羽川にそっと耳打ちした。
「……!」
羽川は僕の提案を聞くと、黙って頷いた。
「じゃあ……僕が」
そう言って外へ出ようとしたとき、羽川が僕の服の裾を掴んだ。
「……私が囮になります」
「いいのか?」
少し震えた声に、僕は心配になる。
「多分、その方が確実に食いつくので……」
「……わかった」
*
先ほどの男たちは、コンビニの前に座り込み、タバコを吸っていた。
「ん?」
二人の目が、目の前を走り抜ける女子高生の姿を捉える。
互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
火のついたタバコを無造作に投げ捨て、二人は立ち上がった。
*
「はぁ……はぁ……」
「普段、走らないから……体力が問題ですね」
羽川は息を切らし、両膝に手をついた。
「そんなに急いで、どこ行くのかなぁ?」
二人の男が、笑いながら後ろから声をかけてきた。
「ん?」
ビルの影から、僕は男たちの前に姿を現した。
「チッ……なんだよ、男連れかよ」
「まぁ、待てよ」
そう言って、一人の男がもう一人の肩をポンッと叩いた。
「この世界じゃ、別に何したっていいんだろ?」
「男はボコボコにして、コイツの目の前で犯してやろうぜぇ」
男たちは、下卑た笑みを浮かべた。
「……ぅ」
その会話に、羽川が小さくたじろぐ。
僕は、そんな彼女の肩にそっと手を乗せた。
「……あ」
羽川は僕の顔を見て、わずかに動きを止めた。
自分でも、どんな表情をしていたのかはわからない。
ただ、目の前の男たちの言葉が、凛音を襲った顔も知らない男のことを思い出させた。
あのときの怒りが、胸の奥から込み上げてきた。
「……あぁ?」
男の視線が、僕の手元へと向けられる。
「は……あひゃっ!」
「お前、そんな棒切れでオレたちと戦う気かよ?」
二人は腹を抱えて笑い出した。
それでも僕は何も言わず、ゆっくりと男たちへ歩み寄る。
「お前……舐めてんのか?」
表情一つ変えない僕に苛立ったのか、一人の男が近づいてきた。
「オレが殺ってやんよぉ!」
男が右手を大きく振り上げる。
「コレがオレの――」
ドォンッ!
轟音が響いた。
次の瞬間、男の視界は真っ黒に染まった――
能力『成長』
僕の能力は、周囲の物体を急速に成長させる。
手にしていた苗木が、一瞬にして大木へと姿を変えた。
その幹が男を捉え、遥か後方へと弾き飛ばす。
「……くそっ」
もう一人の男は、ビルの壁に張りついていた。
『危ねえっ……!』
『オレの能力がなけりゃ、一発でやられてたぜ……!』
男は安堵したように息を吐くと、僕を見てニヤリと笑った。
『木は一本だ……。他には持ってねえ』
『オレの勝ちだ!』
男は壁を蹴り、僕に向かって走り出した。
「……は?」
その途中、男は何かに気づいた。
僕の手には、先ほどと同じ苗木が握られていた。
男は慌てて、背後の大木へと目を向ける。
「ないっ!? なんで!?」
先ほどまでそこにあった大木が、いつの間にか消えていた。
ドォンッ!
再び、轟音が鳴り響く。
男は新たに現れた大木とビルの壁に挟まれ、そのまま意識を失った。
僕は、自分の能力を試す中で、二つのことに気づいた。
一つ目。
一度成長させた物体は、元の状態には戻せない。
二つ目。
複数の対象を同時に成長させることはできない。
僕は羽川に視線を向けた。
「……」
羽川は何も言わず、静かに頷いた。
能力『リセット』
対象を少し前の時間の状態に戻すことができる能力。
この能力によって、僕は自分の能力の欠点を補うことができた。
一度成長させた木を、羽川の能力で元に戻し、再び成長させる。
つまり、この組み合わせなら、一度使った物体を何度でも再利用できるというわけだ。
今回の戦いには、もう一つ狙いがあった。
僕たちは羽川を囮にして、男たちをビルとビルの間へと誘い込んでいた。
逃げ場を狭め、攻撃を確実に当てるためだ。
壁に張り付く能力があるとは思わなかったけど……
*
男たちから腕輪を外し、僕と羽川はそれぞれ一つずつ手に持った。
自分の腕輪と合わせようとした、そのとき。
「あの……」
羽川が、ためらいがちに声をかけてきた。
「どうしたの?」
僕が尋ねると、羽川は目を伏せ、言葉を探すように口を開いた。
「何て言ったらいいのか、うまく話せませんけど……」
「鳴海さんが……少し怖かったと言いますか」
「……」
確かに。
羽川の言うとおりだった。
自分でもわからないほどの怒りが込み上げ、いつの間にか、心が冷え切っていた。
「……ごめん」
「……っ!」
羽川は慌てて、両手を振った。
「いえいえ! 謝らないでください!」
少し間を置いてから、羽川はゆっくりと言葉を続けた。
「こんな世界ですけど……」
「甘い考えなのかもしれませんけど……」
「鳴海さんには、あの男たちのような……そっち側の人間にはなってほしくないです」
羽川は、何かを思い返すように目を伏せた。
「鳴海さんは……七瀬さんが持っていた写真に写っていたときみたいな顔が、一番輝いていると思います」
そう言った直後、羽川はハッとしたように顔を上げた。
「やっ、昨日会ったばかりの女が、何を偉そうに語ってるんだって話ですよね!」
「……」
羽川の言葉に、僕は気づかされた。
自分でも知らないうちに、心がどこか遠くへ離れていくような感覚があったことに。
『そうだよな……』
『たとえ凛音に会えたとしても、こんな自分だったら、また怒られてしまうかもしれないな』
僕は気持ちを切り替え、羽川に向き直った。
「ありがとう」
「心も、ちゃんと強くなれるように頑張るよ」
そう言って、僕は微笑んだ。
「……はいっ」
羽川も、ほっとしたように微笑み返した。
*
僕たちは、それぞれの腕輪を重ね合わせた。
ズズッ……
目の前に、ゆっくりと扉が現れる。
「そういえばさ」
扉を見つめながら、僕はふと思い出して尋ねた。
「凛音の写真に写ってた僕って、どんな顔してたの?」
少し気になったのだ。
「それは個人情報ですので、言えません」
「……僕の写真じゃん」
思わずそう返すと、羽川は小さく笑った。
僕もつられて笑う。
そして二人で、目の前の扉をくぐった。
その瞬間、頭の中に声が響いた――
『鳴海 ケン』
『羽川 静香』
『レベルが3に上がりました』




