第三話 協力
少しして――
「くっ……」
僕は、なんとか起き上がれるまでに回復した。
「とりあえず、ここから離れないと」
目の前には、倒れている二人。
いつ意識を取り戻すかわからない。
腕輪を失ったと気づけば、また何をしてくるかわからない。
ズッ……
僕は立ち上がり、片足を引きずりながら、その場を離れようとした。
その時――
タタッ……
誰かが走ってくる。
「クソッ……もう次が」
走ってくる人影を見て、身構える。
「あれは……」
見覚えのある制服だった。
僕の通っている海成高校のすぐ近くにある、南陸高校の制服だ。
「ままま、待ってくださいっ!」
身構える僕に、女性が慌てて訴えかける。
「決して、危害は加えませんので!」
「……君は?」
女性は、倒れている二人をちらりと見つめた。
「と、とりあえず……ここから離れませんか?」
もっともな提案だった。
けれど、今の僕は素早く動ける状態じゃない。
正直、今この女性に襲われても、勝てる気がしなかった。
女性は、そっと僕に手をかざす。
「……っ!」
僕は警戒して、わずかに身構えた。
「ど、どうでしょう……?」
「え?」
試しに身体を動かしてみる。
「何とも……ない」
それどころか、男にやられた傷まで治っていた。
女性は胸に手を当て、ほっと息をつく。
「これで、信用してもらえるかわかりませんけど……」
そう言うと、女性は自分の腕輪を外し、僕の手に触れさせた。
その瞬間、僕の脳裏に文字が浮かび上がる。
羽川 静香
能力「リセット」
「リセット……?」
思わず、口に出していた。
「あ、よかった……」
「ちゃんと伝わってる」
女性はふぅっと息を整え、改めて僕に向き直った。
「あの……海成高校の、鳴海さんですよね?」
「……!」
「そう……だけど」
突然名前を呼ばれ、僕は目を見開いた。
「ですよねっ!」
僕の反応を見て、女性の表情が少し明るくなる。
「私は、南陸高校三年の羽川静香と言います」
「その……七瀬さんとは、同じ弓道部で仲良くさせてもらっていました」
「……!」
確かに、凛音は部活に弓道を選んでいた。
「あの……」
羽川は、再び倒れている二人に目を向けた。
その視線に気づき、僕は頷いた。
「そうだね。一旦、離れよう」
「話の続きは、そのあとで」
羽川は、黙って頷いた。
*
少し離れた場所にある民家に入った。
誰の家なのかはわからないが、玄関の鍵はかかっていなかった。
僕は冷蔵庫を開けてみる。
中には飲み物や食料がきちんと整理されて置かれていた。
まるで、今も誰かがそこで生活しているかのようだった。
「……失礼します」
誰もいないのに、そう断ってから飲み物を取り出し、コップに注ぐ。
一口飲んでから、リビングに座っている羽川に目を向けた。
「だ、大丈夫ですかね?」
羽川は、勝手に人の家に上がり込んだことが気になるのか、そわそわと辺りを見回していた。
「さっきの……リセット?」
僕は、羽川の腕輪に触れたときに浮かんだ言葉を思い出し、尋ねた。
「は、はい……。私の能力の名前みたいで」
「少し前の状態に、戻せるみたいです」
「……!」
『すごい能力じゃないか……』
つまり、さっき羽川は、僕が攻撃を受ける前の状態に戻してくれたのか。
説明を聞いて、ようやく納得した。
「どうして、腕輪を触れさせたら相手に能力を伝えられるってわかったの?」
「え……?」
羽川は、僕の質問にきょとんとした表情を見せた。
「えっと……神様が説明していたから……ですかね」
「……」
改めて、黄泉津神の言葉を思い返す。
多分……あのときの僕は、冷静じゃなかったんだろう。
正直、凛音が生き返るかもしれないという期待で頭がいっぱいで、ほかのことはあまり耳に入っていなかった……。
「僕のことは……凛音から?」
少し恥ずかしくなり、僕は話題を変えた。
「はい……」
「七瀬さん、いつも鳴海さんの話ばっかりだったので……」
なぜか、羽川まで照れた様子で話している。
僕は、ますます恥ずかしくなった。
「そ、そう……」
「よく僕が鳴海だってわかったね」
羽川は、眼鏡の位置を直した。
「あ……なんか、七瀬さんのスマホに鳴海さんの画像がいっぱい入ってて……」
「よく見せられてて……」
「……」
もう、この話はやめよう。
恥ずかしすぎて、耐えられない。
僕は心の中で、そう思った。
「ふふっ……」
突然、羽川が何かを思い出したかのように笑った。
「鳴海さんの話をするときの七瀬さんは……」
そう言いながら、苦しそうに胸元をぎゅっと握りしめる。
「それはそれはっ……!」
羽川の息が、わずかに荒くなった。
「はぁっ……はぁっ……尊いもので……!」
……なんだろう。
羽川が、どこか遠い世界へ行ってしまった気がする。
僕の視線に気づいた羽川は、ハッとして我に返った。
「すすす、すみませんっ!」
「私、恋する乙女の顔を見ると、堪らなく興奮してしまう癖がありましてっ!」
「……そ、そう」
大人しそうに見えて、なかなか濃いキャラの人だと、僕は思った。
「んんっ」
羽川は咳払いをして、背筋を正す。
「七瀬さんのことは、聞いています」
「鳴海さんは……そのために、この試練に?」
まぁ、噂はすぐに広まるものだ。
凛音が事件の被害に遭ったことも、羽川は知っているのだろう。
「ああ。僕は凛音と一緒に現世に帰る」
僕は拳をぎゅっと握りしめた。
「凛音の口から、理由を聞きたいんだ」
「……」
羽川は俯き、黙って僕の話を聞いていた。
「なぁ、羽川」
僕の声に、羽川が顔を上げる。
「羽川がいいなら、協力しないか?」
その問いかけに、羽川の表情がぱっと明るくなった。
目を輝かせ、身を乗り出す。
「ぜ、ぜひ、お願いしますっ!」
「ご覧のとおり、私の能力は……戦闘向きではないので……」
そう言って、再び顔を俯かせた。
協力を持ちかけておいて申し訳ないが、僕も正直に話すことにした。
「ごめん。僕の能力も……とても戦闘向きじゃないんだ」
一度俯き、それから再び羽川を見る。
「僕の能力の名前は、『成長』……」
「まだ……使い方もよくわかっていないんだ」
羽川は、少し考えるように俯いた。
『やっぱり……協力は難しいか』
諦めかけた、そのとき――。
「すごくないですか……!」
「え?」
羽川は顔を上げ、興奮気味に言った。
「私の予想どおりかは、わかりませんけどっ」
「多分、私たちの相性はいいと思いますっ!」
そう言った直後、羽川はハッとして眼鏡の位置を直した。
「そ、その……能力が、という意味ですからね……」
少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに付け加える。
「はは……だといいけどね」
僕は羽川に手を差し出した。
「改めて、よろしく」
「はいっ。よろしくお願いします!」
羽川は、僕の手を握って答えた。




