第一章 冥鏡世界 第一話 黄泉津神
道を歩きながら、僕は何度も同じことを考えていた。
凛音と会った、あの日のこと。
『付き合ってる……でいいのかな?』
『そりゃ、そうでしょ』
凛音が言った言葉は、僕を心配させないためだったのだろうか……。
「自殺らしいわよ」
「ほら、近所であった事件の――」
「可哀想にねぇ」
道端で、近所のおばさんたちの話し声が耳に入った。
「……ホントにそう思ってるのかよ」
八つ当たりのように呟き、当てもなく歩き続ける。
これからのことなんて、到底考えられなかった。
ふと気づくと、目の前で三輪車をこぐ男の子と、その後ろを歩きながら追いかける女の子が目に入った。
二人の姿を見て、また凛音のことを思い出す。
いつの間にか、頬を涙が伝っていた――
「クソッ……」
涙を拭い、前を向く。
その時――
ブォォオオンッ!
「ん?」
力強いエンジン音が響いた。
ものすごいスピードで向かってくる一台の車が見えた。
『こんな路地で、よくそんなスピードで走るな』
そう思いながら、車の進行方向に目を向ける。
「……っ!?」
車の先では、先ほどの子供たちが笑いながら進んでいた。
「待て待て待て待て!」
車は一向にスピードを緩める気配がない。
自分でも気づかないうちに、僕は走り出していた。
「間に合えっ!」
必死で走り、ヘッドスライディングするように女の子の背中を押した。
ドンッ!
女の子の背中を押したところまでは見えた。
その先は――
視界が真っ暗になった。
*
――ぼやけた視界。
ゆっくりと目を開ける。
「……ここは?」
見知らぬ広場に、僕は立っていた。
「何やここ? 天国とはちゃうんか」
「え? 嘘……私、死んだの?」
ふと周りを見渡すと、百人をゆうに超える人たちが騒然としていた。
見た限り、皆、僕と同じ日本人のようだった。
『ようこそ、冥鏡世界へ……』
『私の名は黄泉津神』
『この世界を統べる神である――』
突如、頭の中に声が響いた。
『君たちは死んだ』
ざわっ……
一斉に周囲がどよめく。
「そうか、あの時……僕は……」
目が覚める前のことを思い出した。
『ここは、転生前の、まだ君たちの魂がある世界』
『ただし……本来、死ぬ運命になかった者たちが集う世界でもある』
頭の中の声は続く。
『今ここに、冥鏡世界戦の開戦を宣言する』
ざわ……ざわ……
「何だ? 開戦?」
「え……? 戦うって何!?」
再び、辺りが騒然とする。
『ここには、権利を持つ者が三百人集まっている』
『その中の五人……』
一拍の間が空く。
『勝ち抜いた者に、黄泉返りを与えよう――』
黄泉返り……
それが何を意味するのか、今の説明だけではよく分からない。
『黄泉返りの権利を得た者は、現世に再び生を得る』
『さらに、死んだ者を一人――』
頭の中に、再び声が響く。
『共に現世へと連れ帰る権利を与えよう』
「……っ!」
あまりにも突拍子のない言葉に、状況がうまく飲み込めない。
ただ、今の言葉だけは、しっかりと聞こえた。
『凛音と……現世に帰れるのか!?』
「……ん?」
ふと気づくと、左手首のあたりが光っていた。
やがて光が収まり、手首には銀色の腕輪がはめられていた。
『第一の試練――蠱毒――』
『期限は三日。その間に、他者から腕輪を一つ奪え』
『腕輪を二つ合わせることで、次なる試練の扉が開かれる』
少し考えて、僕は呟いた。
「蠱毒……」
「一人が他者から一つ腕輪を奪うなら……」
「ここで半分……若しくはそれ以下……」
ざっと辺りを見渡す。
皆、同じように、頭の中の説明を整理しようと考えているようだった。
『能力は一つ』
「ん? まだ何かあるのか?」
『腕輪に右手で触れよ』
戸惑いながらも、その場にいる人たちは、それぞれ腕輪に手を触れる。
僕も、そっと右手で腕輪に触れた。
「……!」
頭の中に文字が浮かび上がる。
能力「成長」レベル1
「成長……って、どうすれば?」
能力の意味が分からず、僕は呟いた。
『それでは、第一の試練を始める』
その言葉と同時に、周囲の景色がぐにゃりと曲がった。
「……っ!?」
景色だけではない。
辺りにいた人たちの姿もぼやけ、視界が白く染まっていく――
「……」
気づいたときには、僕は自分の部屋に立っていた。
ベッドに腰掛け、もう一度、頭の中を整理する。
『一番気になるのは、能力……』
おそらく、今回の試練では戦いを避けられない。
左手首の腕輪を見る。
『もしかしたら……人を……』
「殺すことも……」
口に出した瞬間、背筋に寒気が走った。
けれど――
「凛音が、戻るなら……」
黄泉津神が神だろうが、悪魔だろうが関係ない。
凛音が戻るなら、僕は何だってできる。
凛音ともう一度会って、聞かなければいけない。
あの日の言葉の意味を――
そのためなら……
「僕は、何だってできる」
言葉にして、心に刻み込んだ。
これから起きることに、覚悟を決める。
「けど……」
カラカラ……
おもむろに部屋の窓を開け、もう一度、左手首の腕輪を見る。
「明らかに、戦い向きの能力じゃないよなぁ……」
外の景色を見ながら、項垂れた。
「……ん?」
外の景色に違和感を覚える。
いつも部屋から見ている景色とは違う。
「……なるほど」
遠くには、東京タワー。
別の方角には、通天閣が見えた。
「ギュッと縮めた感じかな……」
おそらく、日本全体を縮めたような場所が、今回の試練の舞台なのだろう。
そう理解した僕は、窓を閉め、階段を降りた。
「まずは……仲間かな」
そう呟いて、玄関を開け、外に出る。
信頼できる仲間を見つけ、五人で協力して試練をクリアする方が効率がいいと思った。




