第八十四話 配信、続けます
風が止み、二上山の空に、静かな青が戻ってきた。
紡樹が体を起こすと、周囲には、見慣れた顔が揃っていた。阿形、密迹、稲荷、吽形。そして、温羅、土蜘蛛、将門、人柱の霊。かつて対峙した八つの由緒が、今はみな、穏やかな表情で、こちらを見ていた。
「おい、小僧。無事か」温羅が、腕を組んだまま歩み寄ってきた。「随分と、危なっかしい真似をしおって」
「心配、してくれたんですか」紡樹が笑うと、温羅はふん、と鼻を鳴らした。
「――当然であろう。せっかく認めた相手が、あっさり死んでは、寝覚めが悪いわ」
「稲荷さんも、大丈夫?」紡樹が尋ねると、まだ石の肌に罅の残る稲荷が、にっと笑ってみせた。
「妾は平気なのじゃ。……それより、約束のファミチキ、忘れるでないぞ」
その横で、人柱の霊が、輪郭を微かに揺らしながら頷いた。
「……忘れては、ならぬ」
思わず、その場に笑いが広がった。将門が豪快に笑い、土蜘蛛の重なる声も、どこか楽しげに響く。吽形だけは相変わらず無表情だったが、その口元が、微かに緩んでいるのを、密迹だけが見逃さなかった。
結樹は、少し離れた場所で、その光景を静かに眺めていた。紡樹が近づくと、気まずそうに視線をそらす。
「……その、なんだ。改めて、悪かった」
「もう聞いたよ、それ」紡樹は苦笑した。「それより結樹、これからどうするの?」
「さあ、な」結樹は肩をすくめた。「語り部衆のことは、まだ、ちゃんと考えないといけない。……でも、少なくとも、ひとりで抱え込むのはもう、やめる」
紡樹は、ポケットからスマホを取り出した。画面には、まだ配信が続いていた。膨大な数のコメントが、途切れることなく流れている。
――《紡樹くん、無事だ……!!》
――《結樹くんも生きてる、よかった……》
――《これ、伝説の回になるだろ……》
――《みんな仲良くなってて草》
紡樹は、カメラの前に座り直した。
「――えっと、みなさん。お待たせしました」
コメント欄が、一斉に沸いた。
「決着、つきました。……というか、決着っていう言葉、あんまり合ってないかもしれません。誰も、負けたままじゃなかったから」
――《温羅さんも土蜘蛛さんも、めっちゃ良い笑顔してる》
――《これが本当の意味での"対"なんだな》
「最初にこの配信を、最終回にするって言った時――正直、僕、ちゃんとした終わり方って、どういうものか分かってなかったんです」紡樹は、隣に座った結樹をちらりと見た。「でも今は、分かる気がします。終わりって、途切れることじゃなくて……ここから先も、続けていくためのものなんだって」
――《いい……泣ける……》
――《じゃあ配信は終わらないってこと?》
「はい」紡樹は、少し照れくさそうに笑った。「まだまだ、やることが残ってるので。……最終回とか言っておいて、すみません。これからも、配信、続けます」
――《おい詐欺じゃないか(歓喜)》
――《最初からそう言ってくれ、心臓に悪い》
――《続くならそれでいい、ずっと見てるから》
その時、麓の方から、見覚えのある公用車が一台、土煙を立てて近づいてくるのが見えた。運転席から降り立ったのは、由緒管理機構の調査官、鏑木彰だった。
「――随分と、賑やかな決戦だったようですね」鏑木は、崩れた地面と、寄り添う八人の由緒たちを見渡しながら、小さくため息をついた。「機構としても、色々と、確認しなければならないことが増えました」
紡樹たちの顔に、微かな緊張が走った。長い旅の、本当の意味での後片付けは、まだ、これからのようだった。




