第八十三話 境界、再び結ばれる
紡樹は、結樹の肩を借りながら、ゆっくりと体を起こした。まだ体の芯に、鈍い痛みが残っていたが、それ以上に、胸の対紋が、温かく脈打っているのを感じた。
「……ありがとう」紡樹は、掠れた声で言った。「助けてくれて」
「助けたなんて、言えるほどのことじゃない」結樹は、俯いたまま答えた。「僕が、君を殺しかけたんだ」
「うん。……本気だったもんね、お互い」
紡樹の、あっけらかんとした返しに、結樹は思わず顔を上げた。
「怒らないのか」
「怒ってるよ、正直」紡樹は苦笑した。「めちゃくちゃ痛かったし。……でも、それ以上に、聞きたいことがある」
「何を」
「君の"譲れないもの"――消された人たちに、声と力を取り戻すっていう、あの想い。……あれは、間違ってると思う?」
結樹は、答えられなかった。
「僕は、間違ってないと思う」紡樹は、静かに続けた。「温羅さんも、土蜘蛛さんも、人柱の霊も……みんな、ちゃんと、僕らの仲間に、声を届けてくれた。誰も、力ずくで従わせられたわけじゃない。……対話で、分かり合えた」
「……それは」
「君のやり方が、間違ってたわけじゃない。ただ、君は、それを、ひとりでやろうとしすぎたんだ」紡樹は、結樹の目を真っ直ぐに見た。「悲劇を覚えているのは、君だけじゃなくていい。……僕も、みんなも、覚えていられる。一緒に、背負えばいい」
長い沈黙が流れた。
「……ずるいな、君は」結樹は、ようやく、小さく笑った。「そういう言い方をされたら、僕の"覚悟"とやらが、随分と、安っぽく思えてくる」
「安っぽくなんかない」紡樹も笑った。「ただ、ひとりじゃなくていい、ってだけだよ」
光の壁が、静かに消えていった。宵、氷室冴、葵、そして四神使、四人衆――誰もが、駆け寄りたい衝動を堪えながら、その光景を見守っていた。
双堂の主が、ゆっくりと近づいてきた。その顔に、これまでにない、穏やかな光が宿っていた。
「見事だ」双堂の主は、静かに言った。「――境界は再び結ばれ、忌み子は、境界そのものとなりて、世を照らすか、あるいは呑み込むか。……その答えを、お前たちは、今、示した」
「照らすでも、呑み込むでもなく――結ぶ、ということですね」紡樹が言った。
「うむ」双堂の主は、深く頷いた。ふと、その体を包む光と影の輪郭が、微かに揺れた。「……妙だな」双堂の主は、確かめるように、自分の胸のあたりに手を当てた。「長らく感じていた"欠け"の底で、何かが、僅かに動いた気がする。……満たされた、とまでは言えぬ。だが、何かが、変わり始めておる。そんな気配だ」
麓の方角、當麻の地に、淡い光が一筋、灯ったように見えた。誰からともなく、その光に目を奪われた。
「……もう半分の理も、いつか、必ず」紡樹が呟いた。
「待っておるぞ」双堂の主は、静かに微笑んだ。「だが、それは、また別の日の話だ。……今日のところは、お前たちの決着を、しかと見届けさせてもらった」
風が、二上山の平地を、優しく吹き抜けていった。
――《やった……やったよ、ふたりとも……!》
――《これ絶対、最終回にふさわしい展開だろ……》
――《結樹くんも、ちゃんと救われてよかった》
――《配信、まだ終わらないよね? まだ見ていたい》
紡樹は、コメント欄に目を落とし、それから、集まった仲間たち全員を、ゆっくりと見渡した。
「――みんな、ありがとう」紡樹は、カメラに向かって、そして、隣に立つ結樹に向かって、静かに微笑んだ。「ここまで、一緒に来てくれて」
長い旅の果てに、光と影は、争うものではなく、ひとつに結ばれるものだと、証明された。二上山に、穏やかな風が吹き続けていた。




