第八十話 これより先は、二人の番だ
四つの対決が、それぞれの決着を刻んでいった。阿形と温羅、密迹と将門、吽形と土蜘蛛、稲荷と人柱の霊――どの組も、力ずくの決着ではなく、静かな和解のうちに、戦いの幕を下ろしていた。
残されたのは、紡樹と結樹、ふたりだけだった。
「――さて」結樹が、いつもの気だるげな調子で口を開いた。「僕らの番、だね」
紡樹は答えず、静かに朱印帳を握りしめた。
その時、山全体が、微かに震えた。地から立ち上る白い光と、闇に沈むような墨の色が同時に空へと立ち上り、ひとつの人影を形作っていく。右半身は烏帽子を纏う神の相貌、左半身は袈裟を纏う仏の相貌――双堂の主だった。
「久しいな」双堂の主の声が、山肌に低く響いた。「四つの対、しかと見届けたぞ。……いよいよ、本命の対の番だ」
「あなたが、これを見届けてくれるんですね」紡樹が言った。
「見届けるだけではない」双堂の主が右手を掲げると、紡樹と結樹を囲むように、淡い光の壁が地面から立ち上った。神使たちと語り部衆が、思わず足を止める。
「双堂の主殿……!」阿形が声を上げた。
「案ずるな。命を奪う結界ではない。……ただ、この対の戦いに、外からの助力は無用だ」双堂の主は、静かに続けた。「光と影、真の忌み子が現れる日を、わしは長らく待ち続けてきた。……それが、お前たちふたりだ。ならば、決着もまた、ふたりだけのものであるべきだろう」
宵が、不安げに紡樹を見た。紡樹は小さく頷き返した。
「大丈夫。……僕らの、決着だから」
「予言には、まだ続きがある」双堂の主が言った。「――二つの御堂、再び相並ぶ時、真実の理は明かされん。選ぶは天にあらず、忌み子自身の心にあり。……その意味を、この目で見届けさせてもらうぞ」
光の壁の中、紡樹と結樹は、静かに向き合った。
「なあ、紡樹」結樹が、珍しく穏やかな声で言った。「戦う前に、ひとつだけ、聞いてほしいことがある」
「聞くよ」
「僕はずっと、疑ってた。常宮が隠してる"あの時"の記録と、君の由緒に、何か繋がりがあるんじゃないかって。……最初は、それを確かめるためだけに、君に近づいたんだ」
紡樹は、黙って耳を傾けた。
「でも、それだけじゃなくなった。荒法師山の番人が言ってた、由緒力の欠片を力に変えようとした輩の話。……あの中に、かつての語り部衆の先達がいたことを、僕は知ってる。彼らは失敗して、追い返された。だけど、対紋を得た今の僕になら、できる」結樹は、拳を握った。「消された者たち全員に、声と力を、取り戻す。……それだけは、誰にも譲れない」
「君との日々が、嘘だったわけじゃない」結樹は続けた。「あの夜、心を開いてくれたことも、いつか正面から拳を交わし合ったことも、全部本物だ。……それでも、僕は、僕のやり方を止められない」
紡樹は、しばらく黙っていた。それから、静かに口を開いた。
「知ってるよ、それくらい。……君が本気だってことも、優しいってことも」
「なら――」
「でも、僕も、僕のやり方を、止めるわけにはいかない」紡樹は、朱印帳を胸の前に構えた。「悲劇を覚えていることだけが、救いじゃないと思うから」
――《紡樹くんと結樹くん、ついに……》
――《ふたりとも、本気の顔してる》
――《これが本当の最終回なんだな……》
結樹の周囲に、黒い靄が立ちのぼった。腕に、傷紋の紋様が幾筋も走る。
「――結べ、忌み子よ」結樹の声色が、不意に変わった。あの、舞台の上に立つような、朗々とした語り口だった。「選べぬまま彷徨っていた魂に、今度こそ、真の理を刻んでみせよう。この松田結樹、譲れぬ信念において、その全部を懸ける!!」
紡樹は、朱印帳を構え、静かに息を吸った。
「――紡げ、歴史を。僕も、僕の全部で、応える」
金と墨、ふたつの光が、二上山の平地に満ちていく。長い旅の果てに辿り着いた、本当の意味での最終決戦が、今、幕を開けた。




