第七話 ――その理屈は、通らない
――本来、あってはならないもの。
その言葉を聞いた瞬間、紡樹の脳裏に、祖父の声が蘇った。
『紡樹、まだ話していないことがある。弘法大師空海が開いた真言密教の教えの中で、伊勢の神宮の内宮と外宮は、両部神道という考え方によって、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅、それぞれに重ね合わせて説かれてきたんじゃ。内宮を大日如来の智の顕れ、外宮をその慈悲の顕れとする者もおった。高野山を開いた空海もまた、この山を狩場明神という土地の神から譲り受けたという伝説を持っておる。金剛峯寺の鎮守として、丹生都比売という女神が、今も祀られておるんじゃ。京の裏鬼門を守ったとされる石清水八幡宮も、かつては護国寺という寺が別当としてその由緒を取り仕切っておった。仏の聖地の礎に、土地の神への感謝があった。神と仏は、対立するどころか、ひとつの宇宙の、表と裏として捉えられておった。……戦後、GHQによる神道指令で、国家神道そのものは解体された。理屈の上では、分離の大義名分は消えたはずじゃった。じゃが、一度引き剥がされた由緒は、そう簡単には戻らなんだ。人の心も、制度も、な』
――違う。あってはならないものなんかじゃない。分けられていたことの方が、不自然だったんだ。
痛みと恐怖で、頭の中が真っ白になりかけていた。紡樹はまだ知らなかったが、昨夜『隠れ古宮』の適性者として由緒管理機構に登録されたその瞬間から、彼のスマートフォンには公式の「発動配信システム」が自動で組み込まれていた。由緒力が一定以上発動すると、記録と同時に、公式の配信網へ自動で中継される仕組みだ。ポケットの中で、静かに配信が始まっていることに、紡樹自身はまだ気づいていない。画面の向こうでは今、十七人が、固唾を呑んでこの光景を見ているはずだった。
――見ててくれ。僕は、間違ってない。
紡樹は薄れかけた黒い印に、震える指先で触れた。
「あんたの理屈は、半分しか合ってない」
「なに……?」
「神と仏を、無理やり引き剥がすことこそが、バグだったんだ。……本当は、ずっと繋がってた。伊勢の神宮の内と外にだって、金剛界と胎蔵界の曼荼羅が重ねられてきた。神主が経を読み、僧侶が祝詞を聞いてきた。それが、何百年も続いてきた、この国の当たり前の姿だ。あんたの祓いは、その当たり前を、なかったことにしようとしてるだけだ」
身体の奥底から、熱いものがせり上がってくる。恐怖でも、怒りでもない。誰かに教わった歴史を、自分の言葉で語れることの、静かな喜びだった。
紡樹は朱印帳を両手で握りしめ、声を張り上げた。
「――その理屈は、通らない。両部の理、以て弾く!」
朱と墨、ふたつの印が再びせめぎ合うように輝き、宵の放った白い光を押し返した。薄れかけていた黒い印が、みるみるうちに元の色を取り戻していく。
「なっ……!?」
宵が後ずさった。彼女の技が、正面から押し返されたのは初めてだった。




