第七十七話 轟け、破魔の一撃
温羅が、拳を打ち鳴らす阿形をじっと見据えた。
「小僧、その拳、なかなかに殺気立っておるな」
「褒め言葉として受け取っときます!」阿形が、歯を見せて笑う。「正面からいきます、覚悟してくださいよ!」
温羅の右腕に、赤黒い炎が纏わりついた。鍛冶場の熱を思わせる、重く粘りつくような炎だった。
「予の炎は、鉄を打ち、民を守るためのものであった。だが今は――」温羅の目が、鋭く細まる。「振るう相手が、変わっただけのこと」
阿形が地を蹴った。拳と炎が正面からぶつかり合い、爆ぜるような音が二上山の稜線に響き渡る。
「熱っ……! でも、これくらいじゃ……!」
「小癪な」温羅が、追撃の炎を叩きつける。「石の身で、よくぞそこまで持ちこたえるものよ」
阿形の拳が、次々と温羅の腕を打つ。だが炎の鎧に阻まれ、決定打には至らない。逆に、温羅の炎が阿形の肩口を掠め、石の肌に黒い焦げ跡を刻んだ。
「くっ……! でも、俺には……!」
紡樹のスマホでは、コメント欄が休みなく流れ続けていた。
――《阿形くん打たれ強すぎる》
――《温羅さんの炎、迫力やばい》
――《どっちも一歩も引かない……!》
阿形の脳裏に、武甕槌の杜での記憶がよぎった。雷次との力比べの末に得た、あの由緒。
「攻めの力は、誰かを守るための覚悟――俺は、そう教わりました!」
「ほう」温羅が、初めて僅かに目を見開いた。
「あんたが鉄の技を民に授けたって話、俺、ちゃんと知ってます! それを『鬼』なんて呼んだ奴ら、間違ってると思います!」阿形が、拳を握り直す。「だから俺は、あんたの意地を、正面から受け止めます!」
温羅の口元に、笑みとも呼べる歪みが浮かんだ。
「……存外、悪くない拳よ」
「なら――」阿形の拳に、金と紫の光が集まっていく。石目の裂紋が、これまでになく深く輝いた。「これで決めさせてもらいます!」
「来い」温羅が、両腕に渾身の炎を纏わせる。「予の意地、受け止めてみせよ!」
「――轟け、破魔の一撃!」
拳から放たれた衝撃が、温羅の炎ごと、その巨躯を真正面から打ち抜いた。土煙と共に、熱波が周囲に吹き荒れる。
――《決まった――!!》
――《阿形くん、あんたの拳は本物だ》
――《次の対戦、緊張する……》
土煙が晴れると、温羅は片膝をつきながらも、豪快に笑っていた。
「……見事。予の炎を、真正面から受け止めた者は、久方ぶりよ」
「あんたの誇り、しかと受け取りました」阿形が、拳を下ろしながら頭を下げる。
温羅は、ゆっくりと立ち上がった。
「小僧、良い拳を持っておるな。……この一戦、予の記憶に、確かに刻んでおこう」
「――こちらこそ、勉強になりました!」
風が、二上山の平地を吹き抜けていった。ふたつ目の決着が、静かに刻まれた。少し離れた場所では、絶対防御を誇る吽形と、幾重にも重なる声を纏う土蜘蛛が、互いの間合いを測り始めていた。




