第七十六話 武人、拳を交わす
将門が大太刀を抜き放つと同時に、密迹は既に地を蹴っていた。
「――ぬんっ!」
石の拳が、刃の腹を打ち据える。火花が散り、両者の足元の地面が、深くえぐれた。
「ほう」将門が、口の端を吊り上げた。「初撃から、これほどの重さとはな」
「お主こそ、噂に違わぬ剣筋よ」密迹も、不敵に笑い返す。
二撃、三撃。大太刀の斬撃が幾度も密迹の石身を打つが、その度に鈍い音を立てて弾かれていく。密迹の拳もまた、将門の鎧を軋ませ、少しずつ罅を刻んでいった。
「百五十年、独りで待ち続けた我が拳だ。……その重み、しかと受けよ!」
「面白い! だが、儂もまた、千年、恐れられ続けた執念があるわい!」
将門の大太刀が、地を薙ぎ払った。土砂と石礫が舞い上がり、視界を白く塗りつぶす。密迹はその中を真っ直ぐに突き進み、拳を突き入れた。
「――ぐっ!」
将門の脇腹に、鈍い衝撃が走った。だが、すぐさま体勢を立て直し、大太刀の柄で密迹の顎を打ち上げる。
「甘いぞ、仁王!」
密迹の視界が、一瞬揺らいだ。だが、その隙を突こうとした将門の追撃を、密迹は半ば勘だけで弾き返す。
「――まだまだ!」
拳と刃が、幾度も幾度も交差した。土埃の中、ふたつの巨躯が、互いに一歩も譲らず殴り合う。将門の鎧に亀裂が走り、密迹の石の肌にも、これまでにないほど深い傷が刻まれていく。
「儂は、朝廷という、この国で最も大きな力に、たったひとりで弓を引いた」将門が、拳を受けながら吠えた。「討たれ、晒され、それでも恐れられ続けた。……その執念、生半可な拳では、崩せぬぞ!」
「知っておる」密迹が、荒い息の下で答えた。「だが、我もまた、百五十年、誰にも顧みられぬまま、独りでこの由緒を守り続けてきた。……那羅延が還る日を、ただひたすらに待ちながらな」
将門の動きが、わずかに緩んだ。
「……那羅延、というと」
「我が対の、仁王よ。……お主と同じく、歴史の中に埋もれ、忘れられかけていた者だ」密迹は、拳を構え直しながら続けた。「だが、我は知っている。埋もれても、消えても、由緒はけして無に帰さぬということを」
「――ほう」
「お主の千年の無念も、決して無駄にはならぬ。……我が、そう証してみせる!」
密迹の拳に、金と紫の光が集まっていく。石目の亀裂が、これまでにないほど深く、鮮やかに輝いた。
「――砕けよ、金剛咆哮!」
拳から放たれた衝撃波が、将門の大太刀ごと、その巨躯を大きく仰け反らせた(のけぞらせた)。土煙が舞い上がり、大地が轟音とともに震える。
土煙が晴れると、将門は片膝をつき、それでも豪快に笑っていた。
「……見事。武人として、これほど気持ちのいい負けは、久方ぶりだわい」
「勝敗など、些細なことよ」密迹は、拳を下ろしながら、静かに言った。「お主の無念、確かに受け止めた。それだけで、十分だ」
将門は、大太刀を杖代わりに立ち上がり、密迹をまっすぐに見据えた。
「――お主、良い拳を持っておるな。もし、これが殺し合いであったなら、儂は本気で命を懸けたであろうよ」
「我もだ」密迹は頷いた。「だが、これは、殺し合いではない。……由緒と由緒の、対話なのだろう」
将門は、しばらく密迹を見つめた後、静かに目を伏せた。
「――儂の負けだ。この一戦、しかと胸に刻んでおこう。……那羅延とやらが還った暁には、ぜひ会うてみたいものよ」
「うむ。その時は、お主にも紹介しよう」
風が、二上山の平地を吹き抜けていった。密迹は、荒い息をつきながら、静かに空を仰いだ。ひとつの決着が、確かに刻まれていた。少し離れた場所では、次の一戦の気配が、既に立ち上り始めていた。




