↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
71/96

第七十話 決戦の前に



決戦の準備として、紡樹たちは由緒管理機構に集まっていた。


「鏑木さん」紡樹はふと、ずっと気になっていたことを尋ねた。「最初の頃から、僕の配信を見てくれてましたよね。……あれって、どうしてだったんですか」


鏑木は、少し驚いた顔をした後、静かに微笑んだ。


「……実は、わたしの祖母も、由緒に関わる仕事をしていたんです。ある由緒を守れず、失ってしまったことをずっと悔いていました。だから、由緒を正しく紐解こうとする紡樹さんの配信に、他人事とは思えなかったんです」


「そうだったんですね」


「今回のことで、少しは、祖母の無念も晴らせた気がしています」鏑木は、深く頭を下げた。「ありがとうございます」


議長が、静かに口を開いた。


「紡樹くん。……わしも、この機会に言っておきたい」


「議長?」


「三年前、氷室冴の聴聞に末席で立ち会いながら、何も出来なかった。……あの後悔が、わしを機構に縛りつけてきた理由のひとつだ。お前たちの旅を見て、ようやく、けじめをつけられる気がしている」


その時、部屋の扉が開き、玉藻麗が姿を現した。


「久しいの、紡樹」


「玉藻さん!」


稲荷が、ぴょこんと飛び上がるように駆け寄った。


「玉藻、また会えて嬉しいのじゃ! ……して、その後、宗家の座り心地はどうじゃ」


「相変わらず、堅苦しいことこの上ないわ」玉藻は苦笑した。「お主と気ままに暴れておった頃が、少し懐かしいくらいじゃ」


「妾はもう、暴れてなんぞおらぬぞ。今は由緒力を正しく使こうておるのじゃ」


「よう言うわ。稲荷社での一件、配信でしっかり見せてもろうたぞ。……幻術で暴れ回っておったではないか」


稲荷は、ばつが悪そうに視線を逸らした。


「あ、あれは正当な由緒力の行使、なのじゃ」


「まあよい」玉藻は、くすりと笑った。「――そういえば、お主は妾の由緒、正しく知っておるか」


「玉藻の由緒、とな?」


「妾の名は、玉藻前(たまものまえ)の伝説に由来しておる。……絶世の美女に化け、朝廷に取り入り、その正体を見破られて討たれた、九尾の狐の話じゃ。討たれた後もなお、殺生石(せっしょうせき)として祟りを振りまいたと伝わっておる」


「それは……穏やかではない由緒なのじゃ」


「じゃが、後の世で、その石は高僧によって砕かれ、祟りは鎮められたという。……恐れられた者も、正しく向き合えば、鎮まり、力に転じる。妾がこの名を継いでおるのは、その言い伝えを、忘れぬためじゃ」


稲荷は、しばらく黙り込んでから、静かに頷いた。


「――妾たちの由緒とも、通じるものがあるのじゃな」


「そういうことじゃ」玉藻は、稲荷の頭をぽんと撫でた。「だからこそ、お主たちの戦いが、案じられての。……存分に、暴れてくるがよい。今度は、正しい理由でな」


「もちろんなのじゃ!」


「――稲荷から、決戦が近いと聞いての。宗家として、力になれることがあれば、と思うて駆けつけたのじゃ」


玉藻は懐から、古びた守り袋をいくつか取り出した。


「これは、稲荷社に伝わる法具じゃ。御札、お守り、数珠のブレスレット……いざという時、由緒力を安定させる助けになるはずじゃ」


紡樹は、それを丁寧に受け取った。


「ありがとうございます」


密迹が、ふと呟いた。


「覚山にも、聞いてみたき事があったな。……あの荒法師山を狙った輩について」


「結樹が言っていたな」紡樹が頷いた。「かつての語り部衆の先達が、その中にいたと」


「うむ。……いずれ、決着の中で、結樹自身の口から聞けるやもしれぬ」


紡樹は、氷室冴の方を見た。


「氷室冴さん。……僕が覚醒した夜に見た、顔の見えない誰かのビジョン。あれは、あなただったんですか」


氷室冴は、しばらく考え込んでから、静かに首を振った。


「……分からぬ。だが、境界が軋んだあの年、多くの由緒が、共鳴し合っていたのだろう。わし自身の姿だったかもしれぬし、もっと大きな、何かの前触れだったのかもしれぬ」


紡樹は、その答えに、静かに頷いた。


「はっきりしなくても、いいのかもしれません。……全部の答えが出なくても、前に進めることを、僕はもう知ってるので」


宵が、静かに紡樹の隣に立った。


「わたし、ずっと『分からない』が口癖でした。……常宮の教えが正しいのか、自分が何者なのか。でも、今は違います。分からないことがあっても、自分の足で選んだ道なら、胸を張っていられる。それだけで、十分なんだと分かりました」


鏑木が、端末を閉じながら付け加えた。


「機構内部の記録も、洗い直しが完了しました。“あの時”に関する隠し事は、もう他には残っていないはずです。……今度こそ、全部、明るみに出しました」


一同の顔に、決意の色が浮かんでいた。準備は、整いつつあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。