第六十八話 礎の下に眠るもの
久しぶりに戻った豊守神社は、変わらず静かに佇んでいた。
紡樹は、結樹から渡された古い写しを手に、祖父の待つ社務所へと向かった。
「祖父ちゃん。……訊きたいことがあるんだ」
祖父は、湯呑みを置き、紡樹の手にある写しに目を留めた。その顔が、みるみる強張っていく。
「これは……どこで」
「結樹が見つけたんだ。うちの創建の時代に、人柱の伝承があるって」
祖父は、しばらく黙り込んだ後、深く息を吐いた。
「……わしも、朧げにだが、聞いたことがある。先代からも、そのまた先代からも、はっきりとは語り継がれなんだ。ただ、本殿の下には、決して掘り返してはならない場所がある、と」
「本当に、いたんだね。……誰かが」
「うむ。名も、記録には残っておらん。ただ、村を洪水から守るために、志願したという言い伝えだけが、微かに残っておる」
紡樹は、本殿の裏手、苔むした一角へと足を運んだ。密迹が、そっと地面に手を当てる。
「――確かに、感じる。ここに、由緒が眠っておるな」
紡樹が朱印帳を掲げると、地面から、淡い光がゆっくりと立ち上ってきた。輪郭は定まらないが、どこか懐かしいような、静かな気配だった。
「……ここにいた、者」
その声に、紡樹の心臓が跳ねた。
「その声、まさか……」
「……語り部の匂いが、する者と、似ている」
紡樹は、はっとした。結樹が力を与えた、あの人柱の霊と、同じ根から生まれた存在なのだと、直感的に理解した。
「あなたは、結樹が力を貸した人と、同じ……いや、その人の、故郷の記憶、ということですか」
光は、静かに揺らめいた。
「……ここに、確かに、いた。誰かを守るために」
紡樹は、その場に膝をつき、静かに語りかけた。
「ありがとう。あなたのおかげで、この神社は、ずっと守られてきた。……忘れていて、ごめん」
光は、しばらく揺れた後、穏やかに、溶けるように消えていった。
祖父が、静かに紡樹の隣に立った。
「……よい供養に、なったな」
「うん」紡樹は、涙を拭いながら頷いた。「結樹が力を貸した人柱の霊も、きっと、ここと同じ根から生まれたんだと思う。……敵になったとしても、根っこにあるものは、僕らと変わらないのかもしれない」
密迹が、静かに頷いた。
「由緒とは、そういうものなのだろう。誰の手に渡っても、その芯にある想いだけは、変わらぬ」
豊守神社の境内に、夕暮れの光が、優しく差し込んでいた。




