第六十七話 東西の塔、再び
準備を進める前に、紡樹はどうしても、麓の當麻寺に立ち寄っておきたかった。
境内には、確かに東西ふたつの三重塔が並び立っていた。千年以上前の姿を、そのまま残しているという。
「美しい……」宵が、思わず声を漏らした。
密迹が、東塔の礎石にそっと触れた瞬間、懐の那羅延の欠片が、微かに反応した。
「これは……」
紡樹の対紋も、同時に熱を帯びた。二上山で聞いた、双堂の主の声が、脳裏に蘇る。
――麓の塔は、今も残っておる。
「双堂の主さん、聞こえますか」紡樹は、塔に向かって静かに呼びかけた。
しばらくの沈黙の後、東塔の上空に、淡い光が集まり始めた。二上山で見た、あの神仏同居の姿が、うっすらと浮かび上がる。
「――よくぞ、参った」
「約束、覚えていてくれたんですね」
「無論だ。……この塔にも、わずかながら、わしの意識の欠片が眠っておった。お前たちが訪れたことで、山頂の欠片と、ようやく呼応できた」
双堂の主の姿が、心なしか、以前よりも安定して見えた。
「これで、少しは……」
「完全にとは言えぬ。だが、長年感じていた空白が、幾らか埋まった気がする」双堂の主は、静かに続けた。「お前たちの由緒を紡ぐ力が、離れた欠片同士を結び直す、橋渡しになったのだろう」
紡樹は、そこでふと、あることに気づいた。
「もしかして……那羅延の欠片も、同じように?」
密迹が、はっと顔を上げた。
「まさか、我が持つこの欠片も、どこかにある本体と、呼応できるということか」
双堂の主は、静かに頷いた。
「可能性はある。……由緒とは、断片になっても、完全に消えることはない。呼びかける者がいれば、いつか応えるものだ」
密迹の目に、微かな光が宿った。
「那羅延……お前も、まだ、どこかに」
紡樹は、密迹の肩にそっと手を置いた。
「結樹との決着がついたら、次はそれを、ちゃんと探しに行こう」
密迹は、力強く頷いた。
「うむ。……それまでは、目の前のことに集中せねばな」
東西の塔の間を、静かな風が吹き抜けていった。ひとつ、また新たな希望の糸が、紡樹たちの旅に加わっていた。




